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カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

「養ってくださる主」ヨハネ21:1~14

【金言】

イエスは彼らに言われた。「さあ、来て、朝の食事をしなさい」。 

イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。(ヨハネ211213

 

1.失望の中で

 

 弟子たちはエルサレムで、復活された主イエスにお会いした。それなのに、彼らは故郷のガリラヤに帰って、漁をしている。捨てたはずの昔の生活に戻ってしまった。敵に捕らわれていく師を見捨てて、逃げてしまい、主の弟子であることを否定した自分自身に失望したのだろう。主は赦して受け入れてくださったのだが、彼らは自分自身を許せなかったのだろう。

 彼らは一晩中、湖で漁をした。ところが一匹も捕れない。夜が明けようとしている。漁師としても中途半端になってしまったのか。

 

2.豊かな収穫

 

 そのとき、イエスが岸辺に立って、彼らに言われた。「子どもたちよ。食べるものがありませんね」。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます」。

これと同じことが、かつてあった(ルカ5:4-7)。今回も言われたとおりにすると、やはり網を引き上げることができないほどの大漁となった。あの時、彼らはイエスが神聖なお方であることを知って、何もかも捨ててお従いしたのであった。その原点を彼らは思い出しただろう。

 

3.養ってくださる主

 

 イエスの愛弟子が「主です」と言うと、ペテロは上着をまくり上げて、真っ先に湖に飛び込み、岸辺へ向かった。彼らが陸に上がると、炭火が起こしてあり、魚が焼かれていて、パンもあった。主が弟子たちのために朝食を用意しておられたのである。イエスは彼らに言われた、「さあ来て、朝の食事をしなさい」。イエスはパンを取り、彼らにお与えになった。魚も同じようにされた。

 主イエスは心優しく、謙遜に仕えるお方である。主はいつも私たちに心を配り、必要なものを備えて、豊かに供給してくださる。私たちも主イエスに近づき、大いなる慰めを受けて、もう一度立ち上がらせていただこう。