カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

「御霊の賜物と教会」コリント人への手紙第一 12:1~31

【金言】あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(第一コリント12:27)

 

 聖霊降臨日にあたり、聖霊によって誕生した、教会の本質と実際について学びたい。

 

1.神の教会

 

 パウロは54年頃にこの手紙を書いた。コリントの教会には分裂の問題があった(1:10-12、3:3-4、6:1-8、11:17-22)。パウロは信徒を「霊の人」に成長させようとして(3:1-3)、親心をもって彼らを諭した(4:14)。

 信徒はまず高ぶりを捨てなければならない(4:6-8、18)。「神の教会」を軽んじてはならない(11:22)。教会(エクレーシア)は、神に召し出された者たちの集まりである。私たちは教会に加えられるために神に選ばれ、救われ、洗礼を受けて、聖霊をいただいたのである(12:3-6、12-13、18、28)。

 教会には天国の鍵が授けられている(マタイ16:19)。神は、教会を通して、人々に救いと祝福を与えておられる。教会無しのキリスト者は有り得ない。

 

2.御霊の賜物 

 

 聖霊は信徒ひとりひとりにふさわしい賜物を与えておられる(12:4-11)。それは教会全体の益となるためである。私たちは教会の秩序を重んじて(12:28-31、エペソ4:11)、慎み深く自分を評価し、与えられた賜物を用いなければならない(ローマ12:3-8)。教会には「必要ではない」という人はいない(12:21-22)。

 教会は多様な個性の集まりである(12:12-14)。優劣を競ったり、他者に自分との同化を求めるのは愚かである(12:15-20)。だが、人は簡単に裁き合い、徒党を組んで分裂する。人間の愛は頼りにならない。

 

3.キリストの体である教会

 

 教会は「キリストの体」である(27)。頭なるキリストが教会を建て上げておられる(マタイ16:18、エペソ4:16)。そこに希望がある。イエス・キリストは、御自身を犠牲として与えるほどに、教会を愛しておられる(エペソ5:25)。

 私たちは、この世にあって共にキリストを生きるために、召された者である。ひとりの苦しみを皆が共に苦しんで祈り、ひとりの祝福を皆が共に喜ぶようでありたい(26)。私たちの内におられるキリストの愛によって生かされ、結び合わされて、共に教会を建て上げよう。