読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

エコノミーとエコロジー ー脱原発の経済社会システム構築に向かってー

大飯原発の再稼働が始まり、脱原発を訴える市民のデモが、東京を中心として盛んになりました。しかし、「それだけでは強大な政治権力を動かすことができないのではないか、かつての安保闘争チェルノブイリ後の反原発運動のように、この運動もしぼんでいくのではないか」という憂慮も出始めています。

では、過去のそれらの運動をしぼめたものは何だったのか。政治の体制やイデオロギーの問題など、いろいろな要因があったと思われますが、最も大きく作用したのは、大衆の生活保守主義です。脱原発の運動においても、これをよく考慮することが大切です。

 

たとえば、原発を抱える地元の人々も、補助金や雇用など多くの利益をもたらす原発を否定できません。それを責めたところで、どうにもならない。経済的に疲弊した地方を選んで、原発は建てられてきたのですから。

 

日本の経済社会は今、急速に進む技術革新=IT革命、激しい国際競争、国内産業の空洞化、悪化する雇用情勢、国と地方自治体の財政危機、社会保障・社会福祉サービスの縮小・低下、といった大変厳しい状況にあります。「とにかく食っていく・食わせていくことで精一杯」という労働者には、原発でも何でも「背に腹は代えられない。仕方が無いだろう」という思いもある。これも当然でしょう。

 

「善悪の知識の木の実」を食した人類は、文明的生活を捨てることができません。文明の歴史は環境破壊の歴史でもあります。地球環境から資源を収奪することによって文明は成立し、その環境破壊によって文明は衰退し、滅びる。その繰り返しです。人類の文明社会が地球規模で拡大したときに、環境破壊も地上の全域に広がり、人類全体が滅亡の危機に瀕する。これは必然的な構造です。

 

代替エネルギ—の問題を解決して、エコノミーとエコロジーを両立し得る、新しい社会システムを築き上げる。この問題の解決は、これ以外に無いでしょう。原発推進派の政治家を選挙で落選させたり、原発に関係する企業の不買運動を展開したりすることが無意味だとは言いませんが、それで解決するような問題ではありません。

 

はたして、そのような経済社会システムの転換・再構築は可能なのか。エコロジー経済学の世界では既に、この種の研究が長年、積み重ねられています。E.F.シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』は、この分野の古典です。

今まさに、これらの理論を具体的に応用すべき時が来ているのです。