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カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

「聖なるもの」ペテロ第一1:13~25

【金言】あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。(Ⅰペテロ1:15)

 

私たちがキリストによる救いにあずかったのは、私たちの思いを遙かに超えた、神の計画によることである。それでは、私たちはいかに生きるべきであろうか。

 

  1.キリストの再臨を待ち望む

 

私たちの救いは、イエス・キリストが再び天から降ってこられる時に完成される。私たちは「心を引き締め、身を慎み」つつ、その時を待ち望まなければならない。

 

  2.神の聖さにあずかる

 

「聖」であることは神のご本質である。人は「神のかたち」に造られたが、堕落してその聖さを失っている。けれども、神は再び私たちの内にその聖さを形づくっておられるのである。私たちは神の作品であり、行いをもって神の栄光を表すことが求められている。

 

  3.裁き主なる神を恐れる

 

天の父は「人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる」。私たちは神の子どもにふさわしく、神を恐れかしこんで生きることが必要である。神は、御子キリストの「尊い血」を代価として、私たちを贖ってくださった。それは私たちが「父祖伝来のむなしい生き方」を捨てて、神の御心に従って生きるためである。

 

  4.互いに愛し合う

 

私たちは、真理に従うことによって、たましいを清められている。それゆえ私たちは「偽りのない兄弟愛」によって「互いに心から熱く」愛し合うべきである。

 

  5.神のみことばに従う

 

私たちにこのような歩みを可能としたのは、生ける「神のことば」である。御言葉には生ける御霊の働きが伴う。人はみな「草の花」のごとくしおれて散る。しかし、「主のことばは、とこしえに変わることがない」。


この福音に生かされて、永遠の道を歩き続けよう。