カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

エキュメニカル運動略史

  1.危機の時代と新しいポテンシャル

 

 19世紀に欧米に起こった産業革命=工業化の波は、列強の帝国主義的侵略と植民地支配となって全世界に波及した。同時期に欧米のキリスト教に起こったリバイバリズム(信仰復興運動)は、多数の宣教団を生み出し、世界各地に送り出すこととなった。

リバイバル人物伝―福音宣教に生涯を捧げた人々

リバイバル人物伝―福音宣教に生涯を捧げた人々

 

 このような世界的な流動性の高まりは、欧米列強の植民地争奪戦という暗黒面を生み出し、二度の世界大戦につながった。しかしその反面、キリスト教においては教派の違いや地理的な距離を超えた新しい交流を生み出した。そして、これまで欧米を中心に発展してきたキリスト教がアジア、アフリカなど世界中に広まり、より普遍的な世界宗教として発展する必要が生じたのである。この時代の要請に応えるためには、諸教派の協力が不可欠であった。

 思想面においてはこの時期に、啓蒙主義と合理主義が自由主義神学を生み出し、伝統的なキリスト教信仰に対する重大な挑戦となった。また、マルクスに代表される唯物史観共産主義ダーウィンに代表される進化論は、キリスト教信仰の基盤を崩しつつあった。加えて、工業化・都市文明が生み出した世俗化が、キリスト者の信仰を蝕んでいった。

 このような危機と新しいポテンシャルを背景として、20世紀のキリスト教では、一致と協力を追求する「エキュメニカル運動」が展開されることとなった。この深刻な危機に対処するために、キリスト教会自身が神学的また実践的な反省を迫られたとも言えるだろう。

 エキュメニズムEcumenism世界教会主義)と言う言葉は、ギリシア語のoikoumenēに由来する。この言葉を現代的で意味に用いたのは、18世紀にモラビア兄弟団を指導したツィンツェンドルフが始めと言われる。彼は「宣教を目的として全てのクリスチャンが一つとなるべきだ」と説き、エキュメニズムの方向性を示した。モラビア兄弟団は世界宣教の先駆けとして知られる。

エキュメニズム - Wikipedia

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ニコラウス・フォン・ツィンツェンドルフ - Wikipedia

 

  2.エディンバラ世界宣教協議会

 

 1910年に最初の世界宣教協議会が、スコットランドエディンバラで開催された。この協議会の出席人数は、各宣教団体の宣教事業全体に対する経済的貢献度に応じて割り当てられた。この会議では非キリスト教世界に対する宣教だけを検討対象とし、「信仰と職制」を話し合いの主題としないこととされた。英国と北米の人たちが中心であったが、欧州各地から参加者があった。宣教地の「若い教会」からは17名の参加があった。

 この会議は、様々な教派の宣教団体の代表者が集まる初めての国際会議であり、エキュメニカル運動の先駆けとなった。この会議で「継続委員会」が設置され、その委員会の働きによって、やがて「国際宣教連盟」が組織された。これが「信仰と職制の問題運動」に結びつき、「世界教会協議会」(WCC:The World Council of Churches)設立の原動力となった。 

エディンバラ宣教会議 - Wikipedia

 

  3.世界教会協議会(WCC)の設立

 

 エディンバラでの会議の後、信仰や任職、秘跡などの理解と実践に関する諸教派間の違いについて議論がなされた。「信仰と職制」(Faith and Order)の問題である。これをリードしたのは英国国教会のチャールズ・H・ブレントであった。第一次世界大戦によって中断されたが、1927年にスイスのローザンヌにおいて第1回世界宣教会議が開催されることとなった。

 この会議には東方正教会カトリック教会、聖公会プロテスタント諸派など108の教派を代表する400名が参加した。この会議では「範囲が広すぎて意味をなさない声明を出したり、誰かを排除するような教理的定義を行ったりしない」ということが決議された。

  第2回の会議は1937年にエディンバラで開かれた。この時に世界教会協議会(WCC)設立の同意がなされた。1948年に世界教会協議会(WCC)が発足し、第3回の会議は、WCC信仰職制委員会のリードによって1952年にスウェーデンのルンドで開かれた。

 WCCは1982年に『洗礼、聖餐、職務』を発表した。これは「リマ文書」と呼ばれている。ローマ・カトリック教会東方正教会、多くのプロテスタントの教派が、この文書の作成に参加し、幅広い賛同を表明した。洗礼も聖餐も神の恵みを伝える礼典であり、再洗礼は避けるべきだという合意がなされた。

洗礼・聖餐・職務―教会の見える一致をめざして

洗礼・聖餐・職務―教会の見える一致をめざして

 

 その後、諸々の宣教会議がWCCに合流した。WCCがこれまで取り組んできた課題は、「聖書と伝統」の諸問題、「使徒的信仰」の共同告白、宣教地における多元的な文化との取り組み等である。

 ローマ・カトリック教会第二バチカン公会議(1962年~1965年)において、WCCに対する従来の態度を変更した。世界教会協議会の各委員会に正式オブザーバーを派遣すると共に、プロテスタント教会の代表者らを公会議に招いたのである。

 

  4.日本キリスト教協議会NCC)の設立と新共同訳聖書の出版

 

 日本では1923年に日本基督教連盟が設立されたが、戦時中、解散した。そして戦後、1948年に日本基督教協議会(NCC:National Christian Council in Japan、後に日本キリスト教協議会)が設立された。NCCはWCCとACC(アジアキリスト教協議会)に加盟している。現在NCCに加盟している教団は、日本基督教団日本聖公会、日本福音ル-テル教会、日本バプテスト連盟、日本バプテスト同盟、在日大韓基督教会、以上6つである。その他、加盟団体が8つ、准加盟教団・団体が17ある。

ncc-j.org

 日本のカトリック教会と聖公会プロテスタント諸派が協力して、1987年に日本聖書協会から新共同訳聖書を出版した。これは画期的な事業であった。

新共同訳聖書 - Wikipedia

 

  5.世界福音同盟(WEA)と日本福音同盟(JEA)の発足

 

 WCCの活動は意義深いものであるが、プロテスタント福音派はこの動きに対して慎重な態度を保った。統一の機運は高まっていたが、「聖書のみ」の原則と正統的な信仰を守る必要性を認識していたのである。

kanai.hatenablog.jp
 1951年に福音派は、聖書信仰を旗印として宣教協力を進める世界福音同盟(WEA:World Evangelical Alliance)を発足させた。

 日本では1968年に日本福音同盟(JEA:Japan Evangelical Association)が設立された。現在、教団・教派・教会、伝道団体から約100の団体が加盟している。日本福音同盟はアジア福音同盟(AEA)及び世界福音同盟と協力関係にある。

jeanet.org

 日本の福音派は1970年に新改訳聖書を出版し、2017年にその全面改訂版である『聖書 新改訳2017』を出版した。 

新改訳聖書 - Wikipedia

 

  6.ローザンヌ運動の展開

 

 1974年に世界の福音派の宣教ネットワーク運動として始まった「ローザンヌ運動」は、今日の世界において大きな影響力を持っている。

www.lausanne-japan.org