カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

聖書は武力の保持を禁じているか?

「剣を取る者はみな剣で滅びる」(マタイ26:52)

平和安全法制に関係させて、この主イエスの言葉を用いる人が多くいますが、これは武力の保持・使用を禁じた言葉でしょうか?

その適用は、テクストの文脈を無視して、都合よくこじつけているのではないでしょうか?

その場面で弟子(ペテロ)が使った「剣」は、誰の指示で持っていたものでしたか? それは主イエスのご指示です。

「剣のない者は、着物を売って剣を買いなさい」
「主よ。このとおり、ここに剣が二振りあります」
「それで十分」   (ルカ22:36,38抜粋)

このルカのテクストはむしろ、「自衛のために、必要最小限の武器は持っていた方が良い」という適用が適切ではないでしょうか?

自分たちに非が無ければ、攻撃したり、略奪したりする者はいないーーというような楽観主義的人間観は、聖書の教えるものではありません。また、それは現実的でもありません。

「安保法案が可決されたら、自衛隊は米軍に追随して、世界の各地で戦争をすることになる。だから、安保法案は廃案にしよう。憲法第9条は絶対に変えさせない」
このような意見表明をよく見聞きします。

それは適切な政策でしょうか。「これは信仰告白であって、政治じゃない」とおっしゃる方もおられますが。

とりあえず今は、自衛隊には東アジア以外に出て行って戦う能力はありません。また、自衛官には、過度なくらい専守防衛の意識が徹底されているので、東アジア以外では戦闘する能力が甚だ弱いのが実情です。

しかし、政府が今後、長い年月をかけて変えていく可能性はあります。ですから、ちゃんと憲法第9条に「自衛隊専守防衛国連平和維持活動」を書き込んで、ブレーキを備える必要があります。

すでに解釈改憲が限界に達していることは明白です。安保法案がこの国会で可決されても、されなくても、憲法第9条を適切に「改正」すべきでしょう。