読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

目には目、歯には歯、命には命を

死刑廃止論を主張する人々の一部に、キリスト教徒がいます。しかし、私はキリスト教徒として、死刑廃止論に反対します。なぜなら、聖書が死刑の存在とその執行を支持しており、その廃止を教えてはいないからです。

もちろん、「犯人」の命を殺めることは重大な責任を伴う行為ですから、死刑判決にあたっては、決して冤罪とならぬよう、厳密な証拠の明示が必要です。

「目には目を、歯には歯を、命には命をもって償わなければならない」。これが聖書の教える大原則です。律法の根本的な基準は、世の終わりまで変わりません。損害賠償において、これは当然でしょう。

ただし、意図せぬ事故によって人を殺めた場合などに、「逃れの町」に入ることが許されています。

被害者やその関係者が個人的に加害者を「赦す」ことは、美徳とされるかもしれませんが、それは他人が強制してよいことではありません。

社会的には、罪を許容するかの如き不当な判決は、悪を助長することになりかねません。悪を「許す」ことは、決して神の御心ではありません。

聖書によれば、罪を不当に赦免した場合、その責任はその社会に負わされます。神は、様々なかたちで、それにふさわしい処罰を、その社会に下します。

神は、何の代償も無しに、人類の罪を赦すのではありません。御子イエス・キリストという無限の価値あるお方を身代わりに犠牲とし、彼を極刑に処したから、赦すのです。

その特別な赦免を軽く考えて、再び神に反逆する者に対しては、極刑が用意されています。

多くのクリスチャンは、聖書を自分たちの基準に合わせて読み込み、大きな誤解をしているのではないでしょうか?

なお、戦争において武装した戦闘員を殺害することは、聖書でも、現代の法律でも、罪とはされません。