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カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

ハデス(よみ)とゲヘナ(地獄)

聖書の世界観によれば、人の意識は、死によって消滅するのではなくて、死後も存続します。肉体という「外なる人」が滅びても、霊魂という「内なる人」が、それぞれに固有の人格を保持し続けるのです(第二コリント4:16, 5:8)。他の人や動物に生まれ変わるという「輪廻転生」はありません。

イエス・キリストがこの世に再臨される時に、すべての死者がよみがえり、最後の審判を受けます(マタイ25:31-46、黙示録20:11-15)。

今の世で死んだ人の霊魂は、その最後の審判の時まで中間的な場に置かれます。イエス・キリストによる贖いを信じて神に義と認められた人は「パラダイス」、いわゆる「天国」に迎えられます(ルカ23:43)。それ以外の人は「ハデス」という場に置かれます(黙示録20:13)。「ハデス」には刑罰が課される場もあるようです(ルカ16:19-31)。

「ハデス」の語源はギリシャ神話にあり、それは人が死んだ後に眠りにつく地下の世界です。ところが「ハデス」を「hell」と訳した英訳聖書があります。そのために、これを「地獄」と呼ぶ人もいますが、今日では「よみ」(黄泉、陰府)と訳すのが一般的です。

最後の審判で罪人が投げ込まれる「火の池」は「ゲヘナ」「地獄」と同一視されます(黙示録20:15)。「ゲヘナ」はヘブライ語で「ヒンノムの谷」を意味する「ゲーヒンノム」から生まれたギリシャ語です。そこはゴミ捨て場であり、処刑場でした。

悪魔・悪霊は、神に反逆して天から地に落とされた堕天使です(イザヤ14:12-15)。彼らは、よみを根城として、反抗してはいるものの、やはり神の支配下にあります(ヨブ記1:12、創世記6:1−4)。

聖書的な世界観では、天と地と地下(よみ)の三層構造があると考えられています(マタイ16:18-19、ピリピ2:10)。

キリストのハデス(よみ)への降下は、悪魔悪霊に対する征服・勝利という意味を持っています。これは非常に重要な教えです。(コロサイ2:14-15、エペソ1:20-22、4:8-10、ヘブル2:14-15、第一ペテロ3:19-22、4:6、ヨハネ黙示録1:18、マタイ28:18)

フランシスコ・ザビエルの来日以来ずっと日本人宣教の大きな障害となってきたのは、祖先崇拝の慣習です。これを偶像崇拝として裁くだけでは、日本宣教は進んでいきません。イスラエル民族、ユダヤ人、聖書も系図を継承し、霊的な遺産を大切にしています。両者に重なる美点は肯定して良いのではないでしょうか。

仏教が檀家制度によって日本の家族に対して行ってきた宗教的・社会的な「サービス」に代替し、改善し得る霊的ケアと社会的なサービスを、キリスト教会は提供しなければなりません。

聖書的・キリスト教的な死生学を確認して、その探究と実践を続けていきたく思います。