カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

ふた握りの米(小豆佐賀恵師の証詞)

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神戸西部教会 http://www.save.or.jp/info.html 

 

これは、小豆佐賀恵先生(しょうず さかえ。故人。元・神戸西部教会教師)がお書きになった証言を、筆者がまとめたものです。

 

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 昭和16年10月に私は小豆正夫牧師と結婚しました。翌年7月に長男が誕生。その年10月に夫は海軍工廠に徴用され、一家で佐世保へ行きました。その後、夫は家族を残してシンガポールへ出征していき、自分は長女をお腹に宿した身で、18年の秋に神戸の夫の実家へ引き揚げました。その後、戦争が激しくなり、長男と7か月の長女を連れて、丹波の奥村の農家に疎開しました。


 最初、村人は親切にしてくれたのですが、クリスチャンであることが知れると、「アメリカのスパイだったのか」といって態度が変わり、お米を一粒も分けてもらえなくなりました。乳製品をもらえないのが一番辛くて、子供たちに食べさせる物も無くなってしまいました。祈りながら農家を一軒一軒お願いして歩いたんですが、一握りの米も買えませんでした。

 

 20年の正月を迎えようとするのに、部屋を暖める薪も無く、木の枝を集めてはお湯を沸かして長女に飲ませましたが、お湯では体がせんべいのように、やせ衰えるばかりでした。私は涙が枯れるまで必死に神に祈りました。「幼い子の命を取らないでください。早く戦争を終わらせてください」と。子供たちは泣く力も無く、横たわっていました。


 ある朝、夜明け頃、戸を開けに行くと、庭の縁先に白い米が裸のままふた握り置いてありました。「神様ありがとうございます」と、信じられない気持ちで、うれしくて飛びつくように、それをいただきました。その日から終戦まで、この米が続いて与えられたのです。

 

 その時には、誰が置いていくのか、わからなかったのですが、8月15日の終戦から5日ほど後に、ひとりの若い農家の奥さんが「小豆さん、これからはあなたの時代が来ますね」と言ってくださいました。その婦人は娘時代にソーントン宣教師の集会に出ていたことがあったのです。

 

 この奥村の婦人たちが四、五名救われました。そして、それから十年後に教団の婦人部の集会でお会いした時に、ご婦人たちは当時のことを「赦してください」とわびてこられました。心から一つにさせていただいたのです。

 

 

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ジェシー・ソーントン - Wikipedia

アメリカ人宣教師から引き継いだピーナッツバター製造