カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

兵庫県・神戸から全国・全世界へ

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(注)この記事は、『兵庫県基督教連合会ニュース』第23号(2017年11月1日発行)に掲載された記事に多少手を加えたものです。

 

兵庫県・神戸から全国・全世界へ
ーー 兵庫県キリスト教史の一断面 ーー 

日本イエス・キリスト教団 神戸大石教会  牧師 金井 望

 

 このたび兵庫県基督教連合会の理事にご選出いただいた金井望(かないのぞむ)と申します。ご指導ご祷援のほどよろしくお願いいたします。以下、兵庫県キリスト教史の一断面として、お読みいただけましたら幸いです。

 

 筆者が所属する日本イエス・キリスト教団は日本伝道隊(JEB:Japan Evangelistic Band)の宣教によって生まれた群れです。伝道隊の創立者バークレー・F・バックストン(Barclay F. Buxton)は1890(明治23)年に来日し、10年間、聖公会松江基督教会の司祭を務めつつ、超教派の宣教活動を展開して、100人以上の日本人伝道者を養成しました(松江バンド)。

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 1903(明治36)年にバックストンはパジェット・ウィルクス(Paget Wilkes)と共に英国のケズィック・コンベンションで日本宣教への参加・協力を呼びかけて、超教派の宣教団を生み出しました。それが日本伝道隊です。1905 (明治38)年に伝道隊は神戸に本部を設置しました。

 

 日本伝道隊は次の三つを柱として活動しました。

 ①未伝地伝道

 ②聖書学校

 ③聖会開催

 

 1915(大正4)年に開館した湊川伝道館では、最初の半年で85名の受洗者があり、大正・昭和初期に著しく宣教が拡大しました。筆者の祖父・濱口龍太郎は大正13年にここで入信しました。

 

 1907(明治40)年に伝道隊は神戸・平野に神戸聖書学校を開設しました。校長は竹田俊造であり、沢村五郎、佐藤邦之助、小島伊助、柘植不知人、舟喜麟一、野畑新兵衛、由木康等がここで学び、訓練を受けました。

 

 1924(大正13)年に伝道隊は神戸・御影に御影聖書学舎を開設しました。以来半世紀にわたって沢村五郎は校長を務めました。御影で安藤仲市、安藤喜市、坂本勝重等が学びました。

 

 1926(昭和元)年、丹波柏原にあったソーントン宣教師(Jessie B. Thornton)主宰の日本自立聖書義塾が、御影聖書学舎に合流しました。藤村勇、木田愛信、藤田昌直、岸本頌三、鎌野良作、中島彰、堀江博は、ソーントンの薫陶を受けた伝道者です。

 

 聖書学舎は1930(昭和5)年に神戸市垂水区塩屋町ジェームス山に移転して、塩屋聖書学舎となりました。本田弘慈、長島幸雄、松原和人はこの時代に学んだ伝道者です。

 

 1920年から1935年にかけて日本伝道隊が展開した前進運動によって、100以上の教会が誕生しました。伝道隊は教会を持たない方針であったため、それらの教会は様々な教派・教団・グループに属することとなりました。

 

 神戸では竹田俊造が復興教会を起こし(現・神戸生田教会)、堀内文一等が日本聖書教会を結成しました。岡山では佐藤邦之助等がイエス・キリスト召団を結成。昭和10年に聖書教会と召団が合流して日本イエス・キリスト教会となりました。これが日本イエス・キリスト教団の直接のルーツです。

 

 戦時中、諸教会は日本基督教団第7部に属し、聖書学舎は関西学院に合併となりました。戦後4年間、聖書学舎は日本基督教会の一部と共同で伝道者養成を行い、神戸神学院と称しました。昭和25年4月、聖書学舎は関西聖書学校として再出発、昭和32年に関西聖書神学校と改称して今日に至ります。

 

 日本イエス・キリスト教団には、北海道から沖縄まで127の教会が所属しています。筆者の両親や筆者自身を含めて、この教団の教師はすべて、この神学校で学んだ経験があります。 兵庫県から神戸から、福音が全国・全世界に向けて大いに発信される時が再び来ることを信じ、お祈りします。

 

 

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