現代の代表的な聖書学者のひとりであるN.T.ライトの主著『新約聖書と神の民』(The New Testament and The People of God)の邦訳(上巻)が、この12月に出版されました。
- 作者: N.T.ライト,Nicholas Thomas Wright,山口希生
- 出版社/メーカー: 新教出版社
- 発売日: 2015/12/10
- メディア: 単行本
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セントアンドリュース大学神学部、ライト教授のもとで博士課程の研究をなさった訳者・山口希生氏のあとがきが、とても分かりやすいガイドになっています。
<キリスト教を生んだ古代ユダヤ民族の世界観を知ることなしに、ユダヤ人であるイエスやパウロの教えを理解することはできない>(p.602)
<ライトの新約聖書研究の主眼は、新約聖書をその豊かな「ユダヤ的背景」から読み直すことにあります>(p.603)
<新約聖書を理解するために、私たちは「1世紀のユダヤ人の世界観」を通じてテクストを読む必要がある>(p.606)
<聖書の個々のテクストを文脈から切り離して特定の教理の『証拠』として用いるのではなく、その歴史的な背景、さらに言えば聖書の「ストーリー」に照らして理解すべきだ>(p.606)
ーーというわけで、この上巻では、イエスやパウロが<生きたユダヤ的背景を描写することに全ての精力が注がれています>(p.606)
私は原著をペーパーバックと電子版(kobo)の両方で持っているのですが、この邦訳は訳文も版組もとても読みやすくて、ベリーグッドです!
邦訳は上巻だけでおよそ600ページ。訳者の御労に敬意と感謝を表したく思います。
NPP(New Perspective on Paul)の各論については、いろいろな批判があるようです。
Justification: God's Plan and Paul's Vision - Reformation21
Perspectives Old and New on Paul: The "Lutheran" Paul and His Critics
- 作者: Stephen Westerholm
- 出版社/メーカー: Eerdmans Pub Co
- 発売日: 2003/11
- メディア: ペーパーバック
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私も、E.P.サンダースのローマ書解釈やルター批判には疑問を感じます(サンダースは「自分はNPPとは関係が無い」と言っているらしいですが、与えた影響は大です)。
- 作者: E.P.サンダース,土岐健治,太田修司
- 出版社/メーカー: 教文館
- 発売日: 2002/05
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けれども、サンダースやジェイムス・ダン、N.T.ライト等が進めている新約聖書研究の方法論は重要です。
従来のプロテスタント神学では、ローマ書をはじめとするパウロの書簡のように、抽象性・普遍性の高いテクストを、教理の基準とする場合が多かった、と思います。しかし、聖書の諸々の物語文学にも、重要な神のメッセージが織り込まれています。その歴史的・社会的・文学的・神学的な背景を理解してテクストを読み解き、その使信を掘り出すことが、重要でしょう。
ただし、逆に聖書全体をナラティブとして扱うことについては、伝統的正統的な救済史理解から大きく外れていく危険性もあるでしょう。