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古代ユダヤ教の成立事情

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1st-century synagogue discovered in Galilee

www.sankokan.jp


敬愛するミーちゃんはーちゃん先輩が、12月17日に天理大学で開催された、ガリラヤ地方の遺跡の発掘報告会「イエス時代のガリラヤ地方と一神教の系譜を探る -イスラエル、テル・レヘシュ遺跡における最初期シナゴーグの発見 」のリポートを、ブログに書いておられます。

天理大学で開催された、イスラエルの発掘報告会に行ってきた | 一キリスト者からのメッセージ

これは、時間があれば行きたかったので、詳細なリポートをお書きくださり、大変有り難いです。感謝!
月本先生も加わっておられて、かなり力のこもった発掘作業と研究が為されているようです。ただし、ミは先輩が鋭いツッコミを入れておられるように、市川裕氏のご意見には問題があると思います。

市川裕さんという方が、「イエス時代のガリラヤ地方と一神教の系譜を探る」ということで公演された。

 

一神教の成立、特にユダヤ教の成立とガリラヤ地域を考えてみたいが、ユダヤ教の成立をいつ頃と想定するか? ということに関しては、かなり、遅い定義で考えたい。

一神教とは、神と人間、というよりはむしろ、人間集団としての結びつきを考える体系である。人間集団が、一つの神でつながっている、というのが一神教の特徴である。そして、神殿などの中心的施設と周辺にある教会との関係を構築している。
ユダヤ教で考えると、3世紀にならないと体系としてユダヤ教が、できあがっていないのではないか、と考えている。そのような比較的遅い成立を想定している。
例えば、ラビ・ユダヤ教が成立したのは、キリスト教が成立したあとの口伝律法の体系である、ミシュナーが完成した時を考えていけるだろうし、地方でのシナゴーグの成立はその意味で重要であろう。

市川氏の語る「ユダヤ教」の定義は何でしょうか。ユダヤ教の成立を3世紀とするのは、有り得ない暴論でしょう。

古代イスラエルの宗教は口伝によって成り立っていた」とは言えるでしょう。けれど、エルサレムの第一神殿が破壊された前586年以後、第二神殿が建設される前515年までの「70年」にわたるバビロン捕囚が大きな変化を生み出しました。

すなわち、神殿に代わるイスラエル宗教の担い手として「シナゴーグ」(会衆)が発達し、「トーラー」を音読し、口伝律法を唱える礼拝が発達しました。

当時、皮革で作られたトーラーの巻物は希少であり、実際には「御言葉はあなたの口にあり、心にある」という状態でした。しかし、神殿での犠牲奉献という儀式に依拠できない状況においては、トーラーに依拠する他はなく、トーラーを写本する書記が重視されるようになりました。

シナゴーグの礼拝においては、トーラーの朗読が中心とされましたが、朗読の後にその解説が為されました。書記はトーラーを写本しただけでなく、テクストの解釈を書き記し、教えるようになったのです。これが「律法学者」の原点です。

第二神殿が建設された前後に、エルサレムで宗教的な指導者として活躍したのは、祭司であり律法学者であった「エズラ」です(エズラ記7:11)。

前515年のエルサレム神殿再建によって、犠牲奉献を中心とした神殿祭儀が復活しました。けれども、第二神殿期ユダヤ教の担い手は、神殿を拠点とする祭司・レビ人・長老等の特権階級だけではありませんでした。バビロンやユダヤ、さらにディアスポラ(離散民)のシナゴーグを拠点とする律法学者や敬虔派(ハシディーム)が、「古代ユダヤ教」の重要な担い手となったのです。イエス時代には、前者はサドカイ派、後者はパリサイ派と呼ばれました。

律法学者とパリサイ派の指導者たちは、トーラーと口伝律法を元に、膨大な量の戒律を生み出して、シナゴーグを中心としたユダヤ教の教義・礼拝・教育・生活を体系化しました。

エス時代にはすでに、トーラーはヘブル語だけでなくギリシャ語でも成文化されており、その羊皮紙の巻物が各地のシナゴーグ(会堂)にありました。口伝律法や諸々の礼拝文書・戒律等が完全に成文化されたのが後代であったとしても、1世紀前半にはすでに、体系化した宗教としてユダヤ教が存在していたことは否定できません。

よって、「ユダヤ教が成立したのは後3世紀である」と市川裕氏が主張しているのであれば、それは誤解でしょう。

教 授 市川 裕 (宗教学宗教史学研究室) - 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科

市川氏は、なぜこのような「学説」を主張するのでしょうか? 「西洋近代」のユダヤ人像にとらわれているからなのか? あるいは、ユダヤ教の成立時点を、イスラム教が成立した後7世紀に近づけて、対抗したいからなのか?

現存する文書で確実に研究したい、というのは学者としてアリでしょう。けれども、それなら古代とか宗教に手を出さない方がよいでしょう。宗教は「口伝」でも成り立つ世界だ、という基本的な事実の理解が抜けていたら、古代の宗教は理解できないでしょう。

たとえば、アイヌは文字を持たずに、膨大な量の神話を伝えています。

アイヌ神謡集 - Wikipedia

 要するに市川氏は、「ユダヤ教」の基本的な文献として、口伝律法を成文化して集成した「タルムード」を重視しており、それに基づく「ラビ・ユダヤ教」を学術研究の対象としているのでしょう。

これは、ちゃんと説明しなければ、一般的な日本人には誤解されるでしょう。

 

イスラエル北部のテル・エンゲヴ遺跡とテル・レヘシュ遺跡の発掘調査 | 同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR