「同性愛行為は罪か?」という問題について、新約聖書の「ローマ人への手紙」1章26-27節のテクストから考察してみようと思います。ここでいう「罪」とは「神の律法に違反すること」であり、宗教的な意味です(ローマ5:13、第一ヨハネ3:4)。
ローマ人への手紙は、紀元後57年頃に、使徒パウロがコリントで執筆し、帝都ローマの信徒たちに送った書簡であると考えられます。
30年にエルサレムでキリスト教会が誕生してから程なく、帝都ローマにもイエスの弟子集団が生まれました。それはディアスポラのユダヤ人が中心となった教会でした。
この教会は49年以降、激変しました。この年に開かれたエルサレム会議によって割礼と律法の束縛が解かれ、異邦人が次々とキリスト教に入信するようになりました。そして、この年に皇帝クラウディウスが発令したユダヤ人追放令によって、ユダヤ人のキリスト者が帝都ローマから追放されました。
皇帝クラウディウスが54年に死んだため、この追放令は撤回され、ユダヤ人のキリスト者は帝都ローマに戻りましたが、ローマの教会はそれ以降も異邦人キリスト者が中心となっていたのです。ユダヤ人キリスト者にはまだ、割礼と律法の問題がくすぶっていました。
パウロは、このローマの教会が今後、キリスト教会全体の最も重要な拠点の一つになる、と予測していました。そして、パウロはこれからエルサレムに行くけれども、その後にローマの教会を訪れ、その教会の信徒たちの支援を受けて、スペインに宣教に行く計画を立てていました。この手紙はその計画を伝えるという目的も帯びていたのです。
このような事情があったので、世界の都ローマの教会の信徒たちにパウロは、神が啓示しておられる人類救済の計画について、詳らかに書き送っています。
ローマ人への手紙1章から11章までは、教会史において教理の形成に最も大きな影響を与えたテクストです。それは、このテクストが、以下のような神による人類救済計画の全体像を示しており、普遍的な真理を説いているからです。
(1) 天地と人類の創造
(2) 人類の堕落
(3) 神の律法と裁き
(4) イエス・キリストによる人類の罪の贖い
(5) 信仰による義認
(6) キリスト者の聖化
(7) キリスト者の復活と全被造物の贖い
(8) 全世界への福音宣教
(9) 選民イスラエルの復興
「聖書には同性愛行為を禁じる戒めがあるけれども、聖書の時代の人々と現代の我々では生きているコンテクストが違うのだから、そのような戒めを我々に適用するのはおかしい」という意見をしばしば見聞きします。
下世話なQ&A「キリスト教と同性愛:1」
しかし、ローマ1:18-32でパウロが述べている「彼ら」とは「異邦人」、すなわちユダヤ人以外のすべての人を指しています。このテクストは、「神のさばき」(2:16)が行われるこの世の終末までに存在するすべての異邦人に、適用されます。
では、問題のテクストを見ていきましょう。
■新改訳2017
こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、彼らのうちの女たちは自然な関係を自然に反するものに替え、同じように、男たちも、女との自然な関係を捨てて、男同士で情欲に燃えました。男が男と恥ずべきことを行い、その誤りに対する当然の報いをその身に受けています。
(ローマ1:26-27)
新改訳で「関係」と訳されている原語は χρῆσις(chrésis)ですが、Thayer's Greek Lexiconでは次のように説明がなされています。
use: of the sexual use of a woman, Romans 1:26
ギリシア語新約聖書釈義事典によると、χρῆσις は具体的には〈性関係〉のことであり、このような用法はプラトンやプルタルコスなどの著作にも見られるものです。岩波訳ではこれは「[性的]交わり」と訳されています。
■岩波訳
このことのゆえに、神は彼らを恥ずべき情欲へと引き渡された。実際、彼らのうちの女性たちは、自然な〔性的〕交わりを自然に反するものに変え、同様に男性たちも、女性との自然な〔性的〕交わりを捨てて、互いに対する渇望を燃やしたのである。〔そして〕男性たちは彼ら同士で見苦しいことを行ない、彼らの迷いのしかるべき報いを、己れのうちに受けたのである。
(ローマ1:26-27)
英訳ではHCSBがこの解釈を反映しています。
■Holman Christian Standard Bible
26 This is why God delivered them over to degrading passions. For even their females exchanged natural sexual relations for unnatural ones. 27 The males in the same way also left natural relations with females and were inflamed in their lust for one another. Males committed shameless acts with males and received in their own persons the appropriate penalty of their error.
このテクストは「男性と女性」との性行為を「自然な〔性的〕交わり」としており、「女性と女性」また「男性と男性」の性行為を断罪していると考えられます。
ἐξεκαύθησαν ἐν τῇ ὀρέξει αὐτῶν
exekauthēsan en tē orexei autōn
燃え立たせた で 情欲 彼らの
ἐξεκαύθησαν(exekauthēsan)の原形は ἐκκαίω(ekkaiō)ですが、その意味は「火をつける、燃やす、燃え上がる(受)」です。ὀρέξει(orexei)の原形は ὄρεξις(orexis)ですが、その意味は「情欲、強い欲求」です。
ローマ1:18以下のテクストは、人類の始祖が神に背いて「堕落」した時以来、普遍的に人類社会に蔓延している「罪」の状態を表しています。文脈から考えますと、パウロはこのテクストにおいて、性的な倒錯や混乱を「堕落」の顕著な特徴としている、と言えます。
ただし、ローマ1〜3章で断罪されているのは同性愛行為者だけではありません。
義人はいない。ひとりもいない。
(3:10)
すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
(3:19)
人間はみな神の前では「罪人」です。人間はみな壊れているのです。
ローマ1:18-3:20のテクストは 3:21以下に展開される義認論の前提を成しているものであり、すべての人を断罪してキリスト信仰に向かわせる「養育係」(ガラテヤ3:24)の役割を果たしています。
同性愛行為者だけが罪人というわけではありません。しかし、罪のリストの最初の方に挙げられているのは、これが人類社会に普遍的に見られる典型的な創造秩序からの逸脱であるからでしょう。