KANAISM ー真っ直ぐに行こうー

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

神に満ち足りる(ヨハネ4:27-42)


2020年11月15日「神に満ち足りる」ヨハネ4:27-42

 

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西岡本キリスト教会 2020年11月15日 主日礼拝

 

■聖書朗読 ヨハネによる福音書 4章27~42節(新共同訳)


 27 ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。28 女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。29 「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」30 人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。


 31 その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、32 イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。33 弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。34 イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。35 あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、36 刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。37 そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。38 あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」


 39さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。40そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。41そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。42彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

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■説教 「神に満ち足りる」 金井 望


  1.変えられた女性


 主イエスサマリアの女性に「エゴー・エイミ」(わたしは有るという者である)と言って栄光を現した時に、弟子たちが帰ってきました。彼らは、イエスサマリアの女性と話をしていることに驚きましたが、その場に主の栄光が現れたので、絶句してしまいました。

John 4:26 Interlinear: Jesus saith to her, 'I am he, who am speaking to thee.'

 弟子たちはその意味をまだ悟りませんが、この女性は悟りました。彼女自身がここで大きな変化を遂げます。

女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。(28)

 彼女は何のために、そこに来たのですか? 水を汲むためです。ところが、彼女は水瓶を置いて、町へと駆けて行きました。井戸の水よりも大切な霊的な泉を、彼女が得たからです。それは主イエスが言われたとおりです。

この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。(14)

 主の自己啓示の御言葉によって、彼女は真の礼拝者となりました。

まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。(23)

 御子イエスがこの世に来られたのは、人々に霊的な命を与えて、新生させるためです。そして、神と人の交わりを回復するためです。
 この救いにあずかる時に、人と人の関係も変わります。彼女は人目を避けて生活していたのに、今やキリストの来臨を告げ知らせる伝道者となって町に行き、人々に証言したのです。

さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。(29)

 

  2.刈り入れを待っている畑

 

 主イエスは、彼女に起こった変化に満足を覚えていました。弟子たちが主に食事を勧めると、主はこう答えました。

わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある。……わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。(32、34)

 主イエスと弟子たちは観ているものが違いました。弟子たちの関心は専ら物質的なものに向けられていました。しかし同じ場にあって、主イエスの関心は霊的なものに向けられていたのです。サマリアの女性は、主と同じ目を持つように変えられました。私たちの心の目は何を求めて、何を見ているでしょうか?
 主は弟子たちに注意を促します。

あなたがたは、「刈り入れまでまだ四か月もある」と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。そこで、「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」ということわざのとおりになる。あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。(35-38)

 主イエスの眼差しは、救いを待ち望んでいる大勢の人々に向けられていました。主の心は、羊飼いのいない羊のような人々に対する憐れみで満ちているのです。それゆえに神の御子が自ら大牧者としてこの世に来て、牧者となるべき弟子たちを育成していたのです。ああ、しかし、まだまだ弟子たちは主の御心を悟りません。

 「イエス様は何を見ておられるのだろうか。イエス様はどのように思っておられるのだろうか」。私たちも、主と同じ霊的な目と霊的な思いをもって、この社会を見つめ、人々を理解し、愛する者となることが、大切です。イエス・キリストと出会って救われることを必要としている人々が、私たちの周りには大勢います。霊が渇いて渇いてどうしようもないのに、どこに行けばそれが癒されるのか知らない。そんな人たちばかりなのです。

 

  3.イエス・キリストを直接知った人々

 

 主イエスに出会って変えられたひとりの女性の証言によって、大勢のサマリアの人々がイエスのもとにやって来ました。彼らは最初、〈女の言葉によって、イエスを信じた〉のです。ところが、彼らは二日間、直接イエスの言葉を聴いて、彼が〈世の救い主〉であることが、よく分かりました。彼らの心にも「」が湧き上がったのです。

彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです」(42)

 私たちは、キリストを知った自分の体験を、隣人に証しします。それは大切なことです。けれども、それ以上に大切なことがあります。それは、その隣人が直接、主の御言葉を聴くようになることです。子女に対する信仰の教育も同様です。

 サマリアの人々が主イエスと共に過ごした二日間は、なんと幸いな時間だったのでしょう。彼らはこの世ですでに天国を味わったのです。イエス・キリストは今も「インマヌエル」=我らと共におられる神です。間もなく迎える待降節とクリスマスのシーズンに、主イエス・キリストとの交わりがさらに豊かに与えられることを、信じて祈りましょう。

 

| Nishi-Okamoto Christ Church

神に渇く(ヨハネ4:1-26)


2020年10月11日「神に渇く」ヨハネ4:1-26

日本バプテスト同盟 西岡本キリスト教主日礼拝説教

 

■聖書朗読 ヨハネによる福音書 4章1~26節

 

 1 さて、イエスヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 2 ――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― 3 ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。 4 しかし、サマリアを通らねばならなかった。 5 それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。 6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。

 7 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。 8 弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。 9 すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。 10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 11 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。 12 あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」 13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 14 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 15 女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

 16 イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 17 女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 18 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」

 19 女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 20 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 21 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 22 あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 24 神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

 25 女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 26 イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

 

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■説教 「神に渇く」  金井 望

 

  1.サマリアを通って

 時は、主イエスが宣教活動を始めて間もない紀元27年の夏頃と思われます。その年の春に過越祭のためにエルサレムに上京した後(2:13)、イエスと弟子たちはユダヤ地方で伝道活動を行って、人々にバプテスマを授けていました(3:22)。イエスがメシア――ユダヤの人々が待ち望んでいた、神の遣わす救世主――であると洗礼者ヨハネが、証ししたため、イエスの弟子は洗礼者ヨハネよりも多くなりました(4:1)。すると、ユダヤ教シナゴーグ(会衆、会堂)を指導していたファリサイ派の人々がイエスを警戒し、危険視するようになりました。そこで、イエスの一行は本拠地であるガリラヤ地方に帰ることとしました。

 彼らは、その帰郷するルートとして、最短コースであるサマリア経由の道を選びました。通常、ユダヤ人はサマリア地方を避けて、ヨルダン渓谷の道を通るのですが、この時は〈サマリアを通らねばならなかった〉のです。急いで逃げたかったという事情もありますが、神の御計画においては、サマリアの人々に福音――メシアの到来――を知らせるという重要な目的がありました。

 イエスの一行が〈シカルというサマリアの町〉に着いた時、時刻は正午の頃、暑い時間帯になっていました。彼らは疲れ、喉が渇いたため、〈ヤコブの井戸〉のそばに座りこみました。ヤコブアブラハムの孫であり、イサクの息子です。紀元前19世紀頃にヤコブの息子たちからイスラエル12部族が生まれました。

 

  2.サマリアとは

 さて、そこにひとりの〈サマリアの女が水をくみに〉来ました。通常この地方では涼しい朝か夕方に水汲みをします。これはなかなかの重労働だからです。ではなぜこの女性はこんな暑い時刻に水汲みをするのでしょうか。それは、彼女が人目を避けていたからです。

 この女性に主イエスが声をかけました。
「水を飲ませてください」
この時、〈弟子たちは食べ物を買うために町に行って〉、不在であり、主イエスは井戸から水を汲む道具を持っていませんでした。
 すると、サマリアの女性はこう応えました
ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」
ユダヤ人はサマリア人とは交際しないから〉です。

 〈サマリア〉はかつての北王国イスラエルの首都の名称であり、その周辺地域を含めてサマリアと呼ばれていました。紀元前722年に北王国イスラエルアッシリア軍によって滅ぼされ、国の主だった人々2万7000人余りは捕囚としてアッシリアに連行されました。そして、メソポタミアの5つの町の異邦人がサマリアに移住させられて、イスラエル人との混血が進み、サマリア人となったのです(列王下17:24-33)。

 サマリア人モーセ五書を改竄した「サマリア五書」を正典としており、前4世紀にエルサレム神殿に対抗する神殿をゲリジム山に築きました。サマリア人ユダヤ人は本家本元をめぐって対立し、激しく争ってきたのです。

 紀元前538年にバビロン捕囚から解かれてユダヤ人がエルサレムに帰還した後の時代には、サマリア人は彼らの神殿再建や城壁の修復作業を妨害しました。マカバイ戦争においてはサマリア人セレウコス朝シリアに味方して、ユダヤ人を攻撃し、彼らの独立を邪魔しました。それに対してユダヤ人は報復としてゲリジム山の神殿を焼き討ちにしました。世間では骨肉の争いと言いますが、これは最悪な関係です。

グッドモーニング, パレスチナ : ゲリジム山とサマリア人

世界の文字 サマリア文字

Samaritan Pentateuch - Wikipedia

Samaritanism - Wikipedia

ゲリジム山とは - コトバンク

Mount Gerizim - Wikipedia

 

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  3.生きた水

 イエスは彼女にこう言いました。
「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう」
 〈生きた水〉とは流れている清い水のことであり、淀んで腐った水は「死んだ」水です。
 イエスが不思議なことを言うので、彼女は尋ねました。
「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」
 イエスは答えて言いました。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」
 彼女は毎日の水汲みに疲れていたため、こう言いました。
「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください」

 

  4.愛に渇く

 すると、イエスは思いがけないことを彼女に言いました。
「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」
 〈〉と聞いて、彼女はドキッとしたでしょう。それは一番触れられたくない話題でした。ドキドキしながら、この問題を避けようとして、不機嫌そうに彼女は答えました。
「わたしには夫はいません」
 すると、イエスは彼女の隠れた心の病巣にズバリと切り込みました、医者が患者の体に鋭いメスを入れるように。
「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ」
 (ここまで正確に知っているとなると、逃げられない! この人、何者?)
 サマリアの女たちは、彼女の結婚歴と現在の同棲生活を、井戸端会議の格好の話題としていたでしょう。
「五人も夫を替えるなんて、信じられない!」
「今の男とは籍も入れていないのよ」
「なんてふしだらな…。あの人と関わると、こっちまでケガレちゃいそうだわ」
 しかし、主イエスは彼女を一切責めていません。
 あの姦淫の現場で捕えられて、石打ちの刑にされそうになっていた女性に対しても、主イエスは一言も責めませんでした。
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」ヨハネ8:11)
 このサマリアの女性の心は愛に渇いていたのです。彼女は男性に期待しました。
(きっとこの人なら、私の渇いた心を潤して、満たしてくれるに違いない)
 しかし、その水は飲んでも飲んでも、渇きが癒えることはありませんでした。

 人間の心にはポッカリと空いた空洞があります。それは神しか満たすことができない空洞です。それを人に求めても、誰も満たしてはくれません。それを満たすことができるのは神の霊であり、神の愛です。

  5.神に渇く

 夫に求めても、私の渇きは癒されないーー。それで彼女はゲリジム山の宗教に期待して、何度も通ったのでしょう。けれど、それも駄目でした。彼女はイエスに質問しました。
「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」
 彼女は、サマリア人ユダヤ人が対立する問題の本質を、知っていたのです。
 イエスは彼女に答を与えました。
「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」
 彼女は言いました。
「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます」
 イエスは究極の答を彼女に与えました。
「それは、あなたと話をしているこのわたしである」
 この〈わたしである〉とは、ギリシア語原文で「エゴー・エイミ」、英語に訳すと「I am that I am」、「わたしは『わたしは有る』というものだ」。これはモーセに顕現された神「主」(YHWHヤハウェ)がご自分を指して言われたフレーズであり、唯一なる神以外、誰も使ってはならない聖なる言葉です(出エジプト3:14、20:7)。
 この真の神である【主】イエス・キリストに出会った時に、この女性の霊は初めて満足を得て、心の渇きが癒されたのです。

 あなたの心は愛に渇いていますか? あなたの霊は神に渇いていますか? その渇きを癒すことができるのは主イエス・キリストです。私たちも主イエスに近づかせていただきましょう。

 

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第1章 正統的キリスト教

 

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 第1章 正統的キリスト教

 

1.1 見えざる公同教会

 

 日本バプテスト同盟(以下「JBU」と略す)は「見えざる公同教会」の存在を信じています。「公同教会」(ラテン語: Ecclesia Catholica)という用語は、最古の公同信条 である使徒信条において使用されています。公同信条とは、古代教会において定められた正統的な信仰の基準であり、使徒信条、ニカイア・コンスタンティノポリス信条(NC)、カルケドン信条、アタナシオス信条の四つを指します。「ニカイア信条」(NC)は、東方正教会ローマ・カトリック教会聖公会プロテスタント諸派の多くが採用する、唯一のエキュメニカルな世界信条です。

キリスト教信条集

使徒信条 - Wikipedia

ニカイア・コンスタンティノポリス信条 - Wikipedia

カルケドン信条 - Wikipedia

アタナシオス信条 - Wikipedia

 「Ecclesia Catholica」は英訳では「Catholic Church」となりますが、「ローマ・カトリック教会だけでなく、正統的・福音的な信仰を告白するキリスト者はすべて、時代や地域、教派等あらゆる違いを超えて、唯一の普遍的な教会に属している」と私たちプロテスタントは信じています。

 イエス・キリストは仰せになりました。

 「私はこの岩の上に私の教会を建てる」(マタイ16:18)

 ギリシア新約聖書でこの「教会」の原語「ἐκκλησία」(エクレーシア)は、定冠詞付きの単数形になっています。特定の唯一の存在です。

Matthew 16:18 Interlinear: 'And I also say to thee, that thou art a rock, and upon this rock I will build my assembly, and gates of Hades shall not prevail against it;

この公同教会は地上においては個別教会のうちにおいてのみあらわれている」と私たちJBUは信じています。 

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1.2 正統的キリスト教

 

 歴史上、最初の教会は紀元30年のペンテコステ(五旬祭)の時にエルサレムで、聖霊降臨によって誕生しました(使徒言行録2章)。その後、キリスト者は世界中に散って行き、行く先々でキリストの福音を人々に伝えて、教会を生み出していきました。 

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 313年にコンスタンティヌス帝が発したミラノ勅令によって、キリスト教ローマ帝国の公認宗教となりました。そしてテオドシウス帝が380年にキリスト教ローマ帝国の国教と定め、381年に開いた第1コンスタンティノポリス公会議において、ニカイア・コンスタンティノポリス信条を採択して、アタナシオス派をキリスト教の正統と決定しました。

 アタナシオス派は「イエス・キリストは人となられた真の神である」(二性一人格)と信じ、三位一体の神を信じています。「イエスにおいて受肉したロゴスは被造物であった」、「御子が存在しない時があった」、「父の位格と子の位格はその本質を異にする」と主張するアリウス派は異端とされました。三位一体を理解する上では「位格(ペルソナ)を混同せず、本質を分離せず」(アタナシオス信条)というのが重要な法則です。

 JBUは「聖書が証言している父・子・聖霊なる三位一体の神を信じます」。すなわち、正統的なキリスト教信仰に立っています。

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Αθανάσιος アタナシオス(298年-373年)


1.3 聖書の正典

 

 JBUは「聖書を信仰と生活の唯一の基準とします」(聖書主義)。正統的な信仰の基準となるのは、聖書の正典(カノン)のみです。「Canon」(カノン)とは「定規、規準」という意味です。

 プロテスタントは、ユダヤ教ヘブライ語聖書で正典としている39巻だけを、旧約聖書の正典としています。紀元90年代にユダヤ教のラビたちによって行われたヤムニア会議で、ヘブライ語聖書の正典が確定されています。ヤムニア(ヤブネ)はエルサレムの西方にある町で、紀元70年のエルサレム陥落から逃れたユダヤ教の指導者たちが、ユダヤ教研究の拠点とした場所です。伝説と異なり、実際には「ヤムニア会議」とは、学者たちが長い年月をかけて議論し、ヘブライ語聖書の正典(マソラ本文)を確定していったプロセスを指しています。

和田幹男/旧約聖書の本文

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死海文書 イザヤ書の巻物(1QIsaa)

 バプテスト教会では第二ロンドン信仰告白(1677年)に旧新約聖書正典のリストがあります。

» 第二ロンドン信仰告白

 東方正教会旧約聖書の正典としている「Septuaginta」(70人訳ギリシア語聖書)や、ローマ・カトリック教会が公式の聖書としている「Vulgata」(ウルガタ、ラテン語聖書)には、旧約聖書外典アポクリファ)が含まれています。マルティン・ルターが翻訳したドイツ語聖書では、旧約聖書外典旧約聖書正典と新約聖書の間に挟まれており、ルターは旧約聖書外典についても説教を行っていました。

 日本聖書協会が発行している新共同訳(1987年)と聖書協会共同訳(2018年)の「旧約聖書続編」には、カトリック教会が「第二正典」としている文書が含まれています。我々プロテスタントは、アポクリファが有益であることを認めつつ、信仰の基準としてはこれを用いません。 

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1.4 コルプス・クリスチアヌムと新プロテスタンティズム

 

 395年にローマ帝国が東西に分割された後、コンスタンティノポリスを中心とする東方の教会とローマを中心とする西方の教会は疎遠になり、教義の解釈や礼拝の形式、組織などの違いが大きくなりました。

 1204年に第4回十字軍がコンスタンティノポリスを陥落させて、破壊・暴行・虐殺・略奪を行ったため、東方正教会のローマ教会に対する憎悪は決定的となりました。

 ローマの司教は「使徒ペトロの後継者」を自称し、2世紀後半からローマ教皇の首位権を確立していきました。中世には教皇神聖ローマ帝国の皇帝権に対する教皇権の優位を主張し、宗教と国家は不可分の関係になりました。このような体制を「コルプス・クリスチアヌム」(キリスト教社会有機体)と言います(トレルチ著、内田芳明訳『ルネサンス宗教改革岩波文庫、1959年、p.94参照)。

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バチカン

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 16世紀の宗教改革では、王や諸侯など世俗の政治権力が支配する領域ごとに、住民たちの所属する教派が決められました。国教会や領邦教会であり続けた古プロテスタンティズムルター派、改革派)と、17世紀以降に自由教会を生み出した新プロテスタンティズム(ピューリタニズム、敬虔主義)を、トレルチは区別しています(エルンスト・トレルチ著、深井智朗訳『近代世界の成立にとってのプロテスタンティズムの意義』新教出版社、2015年、pp.52-56,115-119,175-177,185-188,228-230,236-238参照)。 そして、〈真の近代世界の形成は、17世紀のピューリタニズムに至ってのことである〉という見方を提示しました(大木英夫著『ピューリタン(近代化の精神構造)』中公新書、1997年、18版、p.7から引用)。バプテストは英国のピューリタニズムから生まれた、典型的な新プロテスタンティズム(近代プロテスタンティズム)の教派です。 

 ルター派は、「神は為政者を用いて世俗の領域を治めておられ、同時に教会を用いて霊的な領域を治めておられる」と理解しています。これを二王国論(二統治説)と言います。改革派のツヴィングリやカルヴァンは教会と国家、信仰告白共同体と地域共同体の一元論を主張しました(神聖政治)。バプテスト派はローマ教皇の首位権を認めず、国教会や領邦教会の強制教会主義――国民は皆、誕生してまもなく洗礼を受けて、強制的に国教会や領邦教会の信徒にされる――を拒否して、政教分離と信教の自由、信仰者の浸礼を主張しています。この良心の自由に基づく宗教的個人主義が、近代民主主義を生み出す原動力となりました。

 私たちバプテストは個別教会の自治独立を尊重し、新生児洗礼を否定します。

 1世紀末から2世紀初頭くらいまでに書かれた「12使徒の教訓」(ディダケー)の第7章によれば、当時のバプテスマは三通りの方法で行われていました。

 (1) 流れる水の中での浸礼
 (2) 冷たい水または温かい水の中での浸礼
 (3) 水を頭に三度注ぐ灌水礼

(荒井献編『使徒教父文書』講談社文芸文庫、1998年、p.33参照)

 頭への滴礼が慣例となったのは13世紀以降です。紀元180年以前に、無自覚な幼児にバプテスマを授けたという記録は、ありません。テルトゥリアヌス(Quintus Septimius Florens Tertullianus、160年?-220年?)は子どものバプテスマに反対しています。幼児バプテスマが一般的な慣習になったのは、5世紀中葉以降です(H・ホイーラー・ロビンソン著、高野進訳『バプテストの本質』ヨルダン社、1985年、参照)。

使徒教父文書 (講談社文芸文庫)

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1.5 ランドマーク主義という虚構

 

 アナバプテストやバプテストの中には、「我々の教会はカトリックでもプロテスタントでもない。バプテスマのヨハネ以来ずっと信仰告白に基づく浸礼を続けてきた、初代教会から続く唯一の正統的な教会である」と主張する人たちがいます。彼らは、異端として迫害されたモンタノス派やノヴァチアヌス派、ドナトゥス派、パウロ派、カタリ派、ワルドー派、アナバプテスト派などを、自らの系譜に位置づけます(天利信司著『バプテスト(その名称、信仰、使命、特色)』バプテスト文書刊行会、1995年、p.9参照。ジョン.T.クリスチャン著、天利信司訳『バプテスト教会史(初代から現代にいたる新約教会の歴史)』バプテスト文書刊行会 、1979年、参照)。このような歴史観・教会観を「バプテスト継承説」または「ランドマーク主義」(Landmarkism)と言います。

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 1652年に英国人ジョン・スピットルハウスが「バプテストの継承性」(Baptist successionism)を提唱しました。J.M.キャロルが1931年に出版した『血まみれの道』(The Trail of Blood)は今日でも発行されています。ブレザレン教会の一部や南部バプテスト連盟の一部には、今でもこのような歴史観・教会観を支持している教会があります。日本でこのような歴史観・教会観を保持しているのは日本バプテスト連合と単立の根本主義バプテスト教会です。アナバプテスト派の一部にも同様のグループがあります(E.H.ブロードベント著、古賀敬太訳『信徒の諸教会(初代教会からの歩み)』伝道出版社、1989年、参照)。  
 JBUはバプテスト継承説、ランドマーク主義を支持しません。JBUは日本キリスト教協議会NCC)に加盟しているプロテスタントエキュメニカル派です。
 ただし、これらの歴史の記録は、信仰のゆえに権力者から迫害を受けた人たちという面では、近代バプテスト派とも通じる面があり、重要です。

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ランドマーク・バプテストの歴史チャート

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『血まみれの道』

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