KANAISM BLOG ー真っ直ぐに行こうー

聖書のメッセージやキリスト教の論説、社会評論などを書いています。

雪の活用で酷暑を克服!

 

この酷暑って、やっぱり地球温暖化 なんですかねぇ。
対策として、こんな作戦はどうでしょう!


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☀目標:夏に異常な高温になる都市の暑さを緩和する。
☀方法:豪雪地帯の地下に巨大な貯蔵庫を造り、冬にそこに雪を貯めておく。夏に冷凍トラックでそこから大都市へ雪を運び、幹線道路等に雪を撒いて、気温を下げる。
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すでに似たようなことは実施されていますが、国家予算で全国的にこれを実施したら良いと思います。

https://www.hkk.or.jp/kouhou/file/no518_gyosei2.pdf

「北海道の雪氷が東京を冷やす
〜雪氷輸送物流システム〜」
北海道開発局 開発監理部開発調整課


https://share.gemini.google/05VcSDcq9vTL
ちなみに、冒頭の図解・絵図は Gemini 3.6 Flash に作ってもらいました。ほんの数秒で一発でできました。Gemini の言語処理と画像生成の能力は随分向上しているようです。

Claudeに讃美歌を選曲してもらったら…


礼拝で会衆が歌う讃美歌を Claude Sonnet 5 に選曲してもらいました。以下はその記録ですが、的確な選曲となっており、その選定理由の説明が福音主義的であり、かつ牧会的な配慮が為されていることに驚かされました。

claude.ai

あなたはプロテスタントの牧師です。
日曜日の礼拝で、ローマの信徒への手紙3章1~20節をテキストとして、「義人はいない」という題の説教をします。
これにふさわしい歌詞で、なおかつよく知られている讃美歌を2曲、『讃美歌』1954年版(日本基督教団出版局)から選んでください。

ローマ 3.1-31

 

良い候補が絞り込めました。

1954年版『讃美歌』(日本基督教団出版局)の中から、実際の歌詞内容を確認します。ローマ3章1~20節「義人はいない」という説教にふさわしい讃美歌として、『讃美歌』(1954年版)から以下の2曲をお勧めします。実際の歌詞内容を確認しましたので、選定理由とともにご紹介します。

## ① 讃美歌260番「千歳の岩よ」(Rock of Ages)


**歌詞(1954年版)**
> 1. 千歳の岩よ、わが身を囲め、さかれしわきの 血しおと水に 罪もけがれも 洗いきよめよ。
> 2. かよわき我は 律法にたえず、もゆる心も たぎつ涙も、罪をあがなう 力はあらず。
> 3. 十字架の外に 頼むかげなき わびしき我を 憐みたまえ、み救いなくば 生くる術なし。
> 4. 世にある中も、世を去る時も、知らぬ陰府にも 審きの日にも、千歳の岩よ、わが身を囲め。


**選定理由**:2節の「かよわき我は律法にたえず/罪をあがなう力はあらず」は、まさにローマ3章20節「律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられない」を歌詞化したような内容です。人間の側にどんな熱心(もゆる心)や悔恨の涙(たぎつ涙)があっても、それ自体には贖罪の力がないことをはっきり歌っており、「義人はいない」という説教の核心と響き合います。日本で最も古くから訳され、広く愛唱されてきた讃美歌の一つです。

## ② 讃美歌271番「いさおなき我を」(Just As I Am)


**歌詞(1954年版)**
> 1. いさおなき我を 血をもて贖い イエス招き給う み許に我ゆく。
> 2. 罪科の汚れ 洗うによしなし イエス清め給う み許に我ゆく。


**選定理由**:「いさお(功、手柄)なき我」という出だし自体が、「義人はいない」というテーマをそのまま言い表しています。自分の功績や義では神の前に立てないが、キリストの血による贖いのゆえに招かれて御許に行く、という福音の応答が明確に歌われており、説教後の招きの讃美歌としても適しています。ビリー・グラハム大会などでも招きの歌として長く用いられてきた、非常によく知られた曲です。

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**構成案**:260番を説教前(罪の自覚・律法による断罪を歌う)、271番を説教後(キリストの贖いへの応答・招き)に配置すると、「義人はいない」(前半)から「しかし今や神の義が現された」(ローマ3:21以降への橋渡し)という説教の流れに自然に沿う形になるかと思います。

 


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すばらしいですね!! ありがとうございます。

 

どういたしまして!ローマ3章の重いメッセージを、会衆が心から歌えるかたちで補ってくれる2曲だと思います。

260番は説教前に歌うと、律法の前に立たされた人間の無力さ(「もゆる心も、たぎつ涙も、罪をあがなう力はあらず」)が実感として響きますし、271番を説教後に置けば、「いさおなき我」がそのまま招かれるという福音の応答が、そのまま会衆の告白になりますね。

説教の準備、良い時になりますように。何か他にも準備でお手伝いできることがあれば、いつでもお声がけください。

 

NCCの「天皇制の終焉を求める」声明に抗議する!

日本国憲法(原文)

日本国憲法
第一章 天皇
〔天皇の地位と主権在民〕
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
〔皇位の世襲〕
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。


7月13日に日本キリスト教協議会(NCC)が「戦争責任と戦後責任の告白に立ち、天皇制の終焉を求めます ―皇室典範改正法の衆議院通過にあたって―」という過激な声明を発表したことで今、キリスト教界のみならず広く日本国民に衝撃が走っている。


日本キリスト教協議会(NCC)は⋯⋯天皇制についての立場をここに改めて明らかにします〉。〈私たちは⋯⋯皇室典範改正によって天皇制を維持する道ではなく、天皇制そのものを終わらせる道を求めます〉。

ncc-j.org

この声明は誰がどこで決議して出したのか? 日本キリスト教協議会(NCC)はプロテスタント諸派と聖公会の諸団体によって構成される協議体のはず。加盟団体の代表者が集まってこの声明について協議したのか? 筆者が所属する日本バプテスト同盟もNCCの一員だが、こんな声明が出されることは全く知らなかった。

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