KANAISM ー真っ直ぐに行こうー

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

序論 日本バプテスト同盟のアイデンティティー


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 日本バプテスト同盟(以下「JBU」と略す)は日本国内にある67の教会・伝道所から成る包括宗教法人であり、16の協力団体があります(2020年4月1日現在)。JBUの結成の経緯については「日本バプテスト同盟信仰宣言」の前文に簡潔に記されています。

 

日本バプテスト同盟信仰宣言


〔前 文〕

 わたしたちは、アメリカン・バプテストから1873年に派遣されたネーサン・ブラウンとジョナサン・ゴーブル両師夫妻の宣教に始まるバプテストの群れです。

 1941年、当時の大多数のプロテスタント教会によって「日本基督教団」が結成され、わたしたちの群れもそれに参画しました。1948年、アメリカン・バプテスト系の教会の交わりとして「日本基督教団新生会」を組織しました。その後、バプテスト教会のあり方をめぐって教団離脱問題が発生したために、1953年「基督教新生会」に改組し、その立場を表明するものとして、翌年「基督教新生会綱領宣言」を採択しました。

 1958年、基督教新生会に属する教会の中から日本基督教団を離脱した教会を中心として、新しく「日本バプテスト同盟」が結成されました。そのときには新たに信仰宣言は行わずに、基督教新生会綱領宣言を日本バプテスト同盟の信仰の基盤として継承してきました。近年、日本バプテスト同盟が宣教の方向性を考える中で、1992年「『戦争責任』に関する悔い改め」を決議するに至りました。この悔い改めに立ち、今日的な課題を踏まえて宣教するために、新たに信仰宣言をいたします。

 

www.jbu.or.jp

  JBUの直接的なルーツは、アメリカン・バプテスト(北部バプテスト)の日本宣教にあります。ニューヨーク州にあるバプテスト教会の信徒であったジョナサン・ゴーブル(Jonathan Goble、1827年-1896年)は海兵隊員としてペリー艦隊の「黒船」ミシシッピ号に乗って、1853年(嘉永6年)に浦賀沖へ来航、翌年には横浜村で日米和親条約締結に立ち会いました。帰国後、ゴーブルは宣教師となるための教育を受けて、アメリカ・バプテスト自由伝道協会(ABFMS :American Baptist Free Mission Society)の宣教師となり、幕末の1860年(万延元年)4月に夫人を伴って来日、神奈川宿の成仏寺に入居しました。ゴーブルは1871年(明治4)年に、日本で最初の口語体聖書である『摩太福音書』を刊行しました。ちなみに筆者は20代の後半に、成仏寺の近くにある神奈川区役所で5年間、勤務しておりました。

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Jonathan Goble

ja.wikipedia.org

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蒸気フリゲート「黒船」ミシシッピ

ヘボンの神奈川成仏寺時代

成仏寺 − 幕末トラベラーズ/地図と写真で見る幕末の史跡

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ゴーブル訳『摩太福音書

 1871年にゴーブル夫妻は岩倉使節団と同船して帰国。1873年明治6年)に彼らはネーサン・ブラウン(Nathan Brown、1807年-1886年)博士夫妻と共に米国バプテスト宣教師同盟(ABMU:American Baptist Missionary Union)の宣教師として再び来日し、1873年2月7日に横浜に到着しました。JBUではこの日を記念して、2月の第一日曜日を「バプテスト・デー」としています。彼らは同年3月2日に、日本で二番目のプロテスタント教会である横浜第一浸礼教会を設立しました(現・日本バプテスト横浜教会)。

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横浜第一浸礼教会

sites.google.com

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Nathan Brown

ja.wikipedia.org

 ブラウンは聖書と讃美歌の翻訳に従事し、1879年(明治12年)に平仮名書きの新約聖書『志無也久世無志与(しんやくぜんしよ)』を完成しました。1886年明治19年)にはブラウン訳を漢字かな混じり文に改めた『新約聖書』(横浜浸礼教会刊)を出版しています。聖書翻訳を重視するのは、バプテスト派の宣教の特徴です。

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志無也久世無志与

www.meijigakuin.ac.jp

 明治時代には米国や英国からバプテスト派の宣教師が続々と来日して、関東、東北、北海道、関西、瀬戸内海、九州へと宣教を拡大しました。宣教師たちは1884年明治17年)に横浜バプテスト神学校を設立し、幼稚園や女学校、男子校、保母養成塾など学校を全国各地に設立しました。これらの学校は関東学院(横浜)、尚絅学院(仙台)、彰栄保育福祉専門学校(東京)、捜真学院(横浜)、日ノ本学園(兵庫県)など今日、日本バプテスト同盟の協力団体となっています。

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横濱バプテスト神學校

www.kanto-gakuin.ac.jp

建学の精神|学校法人尚絅学院

沿革 | 彰栄保育福祉専門学校

学院の歴史 | 学校法人捜真学院 | 捜真小学校・捜真女学校(中学部・高等学部)

日ノ本学園


 アメリカのバプテストは19世紀末から海外宣教を盛んに進めました。その背景にあるのは第一次(1726年~1760年)・第二次(1787年1840年)、第三次(1855年~1930年)の大覚醒(The Great Awakenings)です。

 アメリカのバプテストの宣教によって生まれた日本のバプテスト教会は1919年(大正8年)に、北部バプテスト系の東部組合と南部バプテスト系の西部組合に分かれて、日本の伝道区域を分担することにしました。東部組合が今日の日本バプテスト同盟の前身です。
 日中戦争の最中1941年(昭和16年)6月、政府の方針によって日本国内のプロテスタント33教派が合同して日本基督教団を結成しました。バプテスト教会はその第4部となりました。太平洋戦争の敗戦を経て、1948年にアメリカン・バプテスト系の教会は日本基督教団新生会を組織しました。その後、教団に属さないバプテスト教会が生まれたため、1953年に基督教新生会に改組して、翌年、「基督教新生会綱領宣言」を採択しました。

基督教新生会綱領宣言


われらは、日本における新生会八十年の伝統的信仰の歴史を省みつつ、今、われらの立っている信仰の共同的基盤を明らかにして、ここにその信仰の特質的なものを新生会の内外に宣言する。
1.われらは、聖書を信仰と生活との基準とする。
2.見えざる公同教会を信ずる。この公同教会は地上においては個別教会のうちにおいてのみあらわれている。
3.個別教会の主にある自主性を主張し、相互の連帯性を重んじる。
4.個別教会の信徒は、イエス・キリストを唯一の主と告白し、バプテスマを受けたものとする。幼児バプテスマは認めない。
5.バプテスマの方式は「浸礼」とする。
6.バプテスマと主の晩餐(ばんさん)とは、象徴的意味の礼典とする。
7.信徒はすべて祭司であり、平等である。従って教会政治は会衆制を採る。
8.信仰による良心の自由を重んじる。
9.政治と宗教との分離を主張する。
(1954年5月5日 基督教新生会 第6回大会)

 

 1958年(昭和33年)、基督教新生会に属する教会の中から日本基督教団を離脱した教会を中心として、日本バプテスト同盟(JBU:Japan Baptist Union)を結成しました。それは、各個教会の自主独立、会衆制の教会政治、浸礼など、バプテストの伝統には教団と相容れないものがあったからです。

 第二次世界大戦の時期、バプテスト教会日本基督教団に所属して、日本政府の戦争遂行に協力しました。そのことに対してJBUは1992年に「戦争責任に関する悔い改め」を決議し、発表しました。

 

日本バプテスト同盟「戦争責任に関する悔い改め」


 私たちは1873年以来、バプテストの伝統的信仰を継承しつつ今日にいたる間、1941年から10数年間、日本基督教団に所属していました。この教団が結成された年、私たちの国家は第二次世界戦争に突入し、私たちはこの戦争に参加、協力しました。さらに私たちの国家は、この教団が組織される以前からアジア諸国に対して侵略戦争を強行していました。

 日本バプテスト同盟に属する私たちはこれらの戦争を想起する今、半世紀を越える長い間、この戦争にかかわった私たちの罪から目をそらしてきた怠慢を悔い改め、その戦争責任を共有するものであることを告白いたします。
 私たちは、かつて天皇を神とした国家の中で、イエス・キリストのみが主であることを正しくかつ十分に告白することをしませんでした。そして私たちは国家のあやまった教えと政策に対して妥協し、へつらい、福音の真理をゆがめました。
 私たちはまた、国家が推進した植民地支配や侵略戦争に加担、協力し、アジア諸国の人びとに対して独善的で傲慢でした。さらに、信仰を貫こうとする兄弟姉妹が迫害を受けた時、助けることをせず排除さえしました。しかも、このような私たちの弱さが今も引き継がれていることにおそれを抱きます。
 私たちは今、それらの罪を深い痛みをもって神に告白し悔い改めます。そしてこのあやまちにより犠牲になった全ての人びとに許しを乞うものです。
 今日、私たちの国家が再び危険な道を歩み始めている時、私たちは主から託された見張りの使命が私たちにあることを自覚します。そして信仰と良心の自由をもって「世の光」、「地の塩」として生きて行くことを決意いたします。
 神はキリストによって私たちをご自分に和解させ、かつ和解の務めを私たちに授けてくださいました。どうぞ主が私たちをあわれみ、世界宣教のわざに参与させてくださいますように。

          1992年8月26日 日本バプテスト同盟 第35回総会

 

 2001年にJBUは総会において「日本バプテスト同盟信仰宣言」を決議して、バプテスト主義を明文化しました。

 

日本バプテスト同盟信仰宣言

 

〔本文〕
 わたしたちは、世界のバプテストの遺産や日本のバプテストの伝統を尊重しつつ、「日本バプテスト同盟信仰宣言」を表明します。
 わたしたちは、聖書を信仰と生活の唯一の基準とします。聖書が証言している三位一体の神を信じます。この神の上に立ついかなる権威も認めません。

 イエス・キリストはわたしたちの主です。キリストは十字架の死と復活によって、わたしたちの罪を赦し、永遠の命にいたる道を開いてくださいました。

 わたしたちは、教会を信仰によって新たに生まれた者の集まりと信じ、信徒の平等と良心の自由を大切にします。そして、それぞれの教会の自主性を重んじながら互いの連帯を深めます。バプテスマと聖餐を教会の礼典とし、信仰告白に基づく浸めのバプテスマを行ないます。

 わたしたちは、神に創られた世界が正しく保たれるように努めます。また、神の支配と正義の実現のために仕え、祈ります。そして主が再び来られることを待ち望みつつ、みことばと聖霊の導きを求め、キリストに連なるすべての人々と共に、福音宣教に励みます。

 

〔付記〕
 日本バプテスト同盟は、それぞれの教会の自主独立を尊重しつつ、連合体を形成しています。したがって、この「信仰宣言」はその教会の自主性を制限するためのものではありません。むしろ、それぞれの教会が主体的にこの「信仰宣言」を共有することによって、日本バプテスト同盟がどのような立場に立ち何を目指しているのかを確認し合い、互いの交わりが一層深められることを願うものです。

          2001年7月21日 日本バプテスト同盟 第44回総会

 

 バプテストには、各個教会や地方連合がそれぞれの信仰告白文や教会契約を作る伝統があります。次に記すのは、JBUの『信仰の手引き』に掲載されている「教会の約束」です。

 

教会の約束

 わたしたちは、神の恵みによってイエス・キリストは主であると信じ、告白してバプテスマを受け、この教会の一員に加えられましたので、聖霊の助けによってこの約束をいたします。
 わたしたちは、この教会が人によってではなく神によってできたものと信じ、主の日の礼拝、教会の定めた集会に参加し、教会がきよくなるよう、一致するよう、栄えるように祈ります。またバプテスマと聖餐の二つの礼典、そして聖書の教えと教会の定めた秩序とを守ります。
 わたしたちは、この教会を支えまた世界に福音を伝え、神のみ心が広く行われるために進んで必要なものをささげます。
 わたしたちは、主にある兄弟姉妹として愛し合い、互いの喜びと悲しみを共にいたします。
 わたしたちは、ひとりで祈ることや家族と共に祈る生活を大切にし、私たちが預かった子供たちを神に喜ばれるものになるように教え育て、またまことの心と正しい行いと全ての人を愛することによって、人々を救い主に導くよう心掛け、主と再び会う時までこの約束を固く守ります。
 わたしたちは、どこにあってもこの約束の精神と神の言葉の真理が実行される教会に加わることを約束いたします。

 

 本論では、このようなJBUのアイデンティティーが形成された歴史的事情を考察します。

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バプテストの横浜地区伝道―1873ー1941年

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  • 作者:大島良雄
  • 発売日: 2007/08/01
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A・A・ベンネット研究―ある異質な指導者像

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バプテスト教会のDNA〈英米篇〉【目次】

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日本バプテスト同盟

 

 この連載記事では、日本バプテスト同盟が生まれた歴史的事情をふまえて、バプテスト教会のDNA――歴史的に形成され、継承されつつ変化してきた固有の性質を伝える情報――について英米を中心として考察したく思います。 


■■■■■■■■■■■■■■ 目 次 ■■


序論 日本バプテスト同盟のアイデンティティー 

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第1章 正統的キリスト教

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1.1 見えざる公同教会
1.2 正統的キリスト教
1.3 聖書の正典
1.4 コルプス・クリスチアヌムと新プロテスタンティズム
1.5 ランドマーク主義という虚構

第2章 プロテスタント
2.1 マルティン・ルター
2.2 聖餐論争
2.3 カルヴァン主義とアルミニウス主義
2.4 アナバプテスト

第3章 バプテスト教会の成立 
3.1 ピューリタニズム
3.2 ジェネラル・バプテスト
3.3 パティキュラー・バプテスト
3.4 フラーイズム
3.5 アメリカのバプテスト

第4章 アメリカのバプテスト教会の発展 
4.1 大覚醒
4.2 海外宣教
4.3 日曜学校運動
4.4 南北の分裂と戦争
4.5 社会的福音
4.6 マーティン・ルーサー・キング

第5章 リベラリズムファンダメンタリズムの間
5.1 自由主義
5.2 根本主義
5.3 新正統主義
5.4 新福音主義
5.5 原理主義

結論 日本バプテスト同盟のDNA 

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www.baptist-faith-community-bfc.net

repository.seinan-gu.ac.jp

kgujesus.kanto-gakuin.ac.jp

kgulibrary.kanto-gakuin.ac.jp

The Baptist Heritage (English Edition)

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見えてくるバプテストの歴史

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  • 作者:松岡 正樹
  • 発売日: 2011/06/01
  • メディア: 単行本
 
近代バプテスト派研究

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福音宣教の使命に生きる教会

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  • 作者:松田 和憲
  • 発売日: 1999/01/25
  • メディア: 単行本
 

 <参考文献>
日本バプテスト同盟『JAPAN BAPTIST』(旧号)
日本バプテスト同盟総務部委員会編『宗教法人 日本バプテスト同盟 諸規程集』日本バプテスト同盟、2017年
日本バプテスト同盟編『信徒の手引き』日本バプテスト同盟、2017年、改訂11版
メアリング、ハドソン著、大竹庸悦、藤原三千男訳『バプテスト教会の形成』日本バプテスト同盟、2011年、第3版
出村彰監修、バプテスト史教科書編纂委員会編『見えてくるバプテストの歴史』関東学院大学出版会、2011年

関東学院大学キリスト教と文化研究所バプテスト研究プロジェクト編『関東学院大学 キリスト教と文化研究所 研究論集① バプテストの歴史と思想研究』関東学院大学出版会、2017年
関東学院大学キリスト教と文化研究所バプテスト研究プロジェクト編『関東学院大学 キリスト教と文化研究所 研究論集② バプテストの歴史と思想研究』関東学院大学出版会、2018年
関東学院大学キリスト教と文化研究所バプテスト研究プロジェクト編『関東学院大学 キリスト教と文化研究所 研究論集③ バプテストの歴史と思想研究』関東学院大学出版会、2019年
村椿真理著『バプテストの教会契約(約束に生きる真の教会をめざして)』ヨルダン社、1993年
村椿真理著『バプテストの伝統・信仰(わたしたちの教会)』日本基督教団神戸聖愛教会、1991年
斎藤剛毅編『資料・バプテストの信仰告白ヨルダン社、1980年
高野進著『近代バプテスト派研究』ヨルダン社、1989年
H・ホイーラー・ロビンソン著、高野進訳『バプテストの本質』ヨルダン社、1985年
松田和憲著『福音宣教の使命に生きる教会』新教出版社、1991年
日本基督改革派教会信条翻訳委員会訳『ウェストミンスター信仰告白新教出版社、1989年、13版
古谷圭一著「イングランド市民革命とプロテスタント各教派の成立」『キリスト教と文化』第14号、関東学院大学キリスト教と文化研究所、2016年
ビル・J. レナード著、矢野眞実訳「ジョン・スマイスとトマス・ヘルウィス:恩寵の即興演奏者」バプテストフォーラム(WEB)、2017年
津田真奈美著「ジョン・スマイスとトマス・ヘルウィスの「分裂」をめぐって(ヤーノル説の検討による考察)」『人文学と神学』第14号、2018年
B. R. ホワイト著、金丸英子訳『17世紀イギリス・バプテスト』バプテストフォーラム(WEB)、2017年、2020年
金丸英子著「ジョン・スマイスによる「信仰者のバプテスマ」理解の一考察(『野獣の性格(The Character of the Beast)』における「Actual Faith」の概念から)」『神学論集』第69巻 1号、西南学院大学、2012年
金丸英子著「初期イングランド・バプテストの協働(浸礼のバプテスマ理解とその執行を巡る論争)」、バプテストフォーラム(WEB)、2017年
金丸英子著「第二ロンドン信仰告白に見る、17世紀イギリス・バプテストの教派アイデンティティーについて(1)(ウェストミンスター信仰告白との比較から)」『西南女学院大学紀要』第9号、西南女学院大学、2005年
金丸英子著「アメリカのバプテストと讃美歌」『神学論集』第68巻 1号、西南学院大学、2011年
金丸英子著「南部バプテストと反ミッション主義者たち」『神学論集』第75巻1号、西南学院大学、2018年
フスト・ゴンサレス著、石田学・岩橋常久訳『キリスト教史 下巻』新教出版社、2003年
井上正己監訳『キリスト教2000年史』いのちのことば社、2000年
小田垣雅也著『キリスト教の歴史』講談社学術文庫、1995年
荒井献編『使徒教父文書』講談社文芸文庫、1998年
マルティン・ルター著、徳善義和ほか訳『ルター著作選集』教文館、2012年
F・ビュッサー著、森田安一訳『ツヴィングリの人と神学』新教出版社、1980年
出村彰著『再洗礼派(宗教改革時代のラディカリストたち)』日本基督教団出版局、1970年
天利信司著『バプテスト(その名称、信仰、使命、特色)』バプテスト文書刊行会、1995年
ジョン.T.クリスチャン著、天利信司訳『バプテスト教会史(初代から現代にいたる新約教会の歴史)』バプテスト文書刊行会、1979年
E.H.ブロードベント著、古賀敬太訳『信徒の諸教会(初代教会からの歩み)』伝道出版社、1989年
M・B・ワインクープ著、大江信訳『ウェスレアン=アルミニアン神学の基礎』福音文書刊行会、1972年
エルンスト・トレルチ著、内田芳明訳『ルネサンス宗教改革岩波文庫、1959年
エルンスト・トレルチ著、深井智朗訳『近代世界の成立にとってのプロテスタンティズムの意義』新教出版社、2015年
赤木善光著『宗教改革者の聖餐論』教文館、2005年
大木英夫著『ピューリタン(近代化の精神構造)』中央公論社、1997年18版
尾形守著『リバイバルの源流を辿る』マルコーシュ・パブリケーション、2000年
W.E.アレン著、岸義紘訳『リバイバルの歴史(その記録と秘訣)』荻窪栄光教会出版部、1973年
立石靖夫著『リバイバル人物伝(福音宣教に生涯を捧げた人々)』新生宣教団、1999年
チャールズ・フィニー著、角笛出版翻訳委員会訳『上よりの力』角笛出版、2000年
R. A. ベルツ著、森渓川訳『チャールズ・フィニー』新生運動、1980年
森渓川著訳『ドワイド・ムーデー』新生運動、1980年
カール・バルト著、小川圭治、岩波哲男訳『ローマ書講解』平凡社ライブラリー、2001年
K. バルト、E. トゥルナイゼン著、加藤常昭訳『神の言葉の神学の説教学』日本基督教団出版局、1988年
小田垣雅也著『現代のキリスト教講談社学術文庫、1996年
野村達朗編著『アメリカ合衆国の歴史』ミネルヴァ書房、1998年
森孝一著『宗教からよむ「アメリカ」』講談社選書メチエ、1996年
森本あんり著『アメリカ・キリスト教史(理念によって建てられた国の軌跡)』新教出版社、2006年
森本あんり著『反知性主義アメリカが生んだ「熱病」の正体)』新潮選書、2015年
木田献一、高橋敬基著『聖書解釈の歴史(宗教改革から現代まで)』日本基督教団出版局、1999年
W. E. ホーダーン著、布施濤雄訳『現代キリスト教神学入門』日本基督教団出版局、1969年、1997年(14版)
カール・F・ヴィスロフ著、鍋谷堯爾・勝原忠明訳編『現代神学小史』(改訂新版)いのちのことば社、1999年
宇田進著『福音主義キリスト教福音派いのちのことば社、1993年
青木保憲著『アメリ福音派の歴史(聖書信仰にみるアメリカ人のアイデンティティ)』明石書店、2012年
藤本満著『聖書信仰(その歴史と可能性)』いのちのことば社、2015年
ジョージ・エルドン・ラッド著、榊原康夫、吉田隆訳『新約聖書と批評学』聖恵授産所出版部、1991年
山本貴裕著「ファンダメンタリズムと金ぴか時代のアメリカ文化」『広島大学 欧米文化研究』1号、広島大学、1994年
栗林輝夫『ブッシュの「神」と「神の国アメリカ(宗教が動かす政治)』日本基督教団出版局、2003年
三浦俊章著『ブッシュのアメリカ』岩波新書、2003年
飯山雅史著『アメリカの宗教右派中公新書ラクレ、2008年
アリスター・マグラス著、島田福安訳『キリスト教の将来と福音主義いのちのことば社、1995年
A.E.マクグラス『ポスト・モダン世界のキリスト教(21世紀における福音の役割)』教文館、2004年
ミラード・J・エリクソン著、安黒務訳『キリスト教教理入門』いのちのことば社、2019年
G.M.バーグ/D.ラウバー編、本多峰子訳『だれもが知りたいキリスト教神学Q&A』教文館、2016年
八木谷涼子著『なんでもわかるキリスト教大事典』朝日文庫、2012年
日本基督教協議会文書事業部キリスト教大事典編集委員会編『キリスト教大事典』教文館、1973年(2版)
小林貞夫著『日本基督教団 実録 教団紛争史』メタ・ブレーン、2011年
キリスト教年鑑編集部編『キリスト教年鑑2006年版』キリスト新聞社、2005年

 

主の御言葉に従う(ルカ5:1-11)


2020年8月30日「主の御言葉に従う」ルカ5:1-11

日本バプテスト同盟 西岡本キリスト教会 主日礼拝

 

■聖書 ルカによる福音書5章1-11節 <新共同訳>


1 エスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
2 エスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。
8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。
9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」。
11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

 

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■説教 「主の御言葉に従う」

  1.主と出会う場所


 時は紀元後27年の年が明けて間もない早春と思われます。主イエスガリラヤ地方で宣教を始めて間もない頃です。〈イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて〉来ました。「イエスは特別な権威をもって聖書を説き明かし、悪霊を追い出し、病を癒して、人々を救っている」という評判は、ガリラヤ地方一帯に広まり、大勢の人がイエスの話を聴こうとして、集まってきたのです。

 ゲネサレト湖というのはガリラヤ湖の別名です。南北20キロメートル、東西12キロメートル、166平方キロメートルの広さです。琵琶湖の4分の1、霞ケ浦博多湾と同じくらいです。水深が44メートルの淡水湖で、40種類の魚が棲息しています。ここは南北に続く大地溝帯に位置しており、湖の水面は地中海の水面よりも210メートルほど低くなっています。肥沃な平原と丘陵に囲まれた美しい湖です。ここで獲れた魚は塩漬けや干物やピクルスにされて、輸出されていました。

 イエスは〈二そうの舟が岸にある〉のを御覧になりました。そこで漁師たちは、舟から上がって網を洗って〉いました。そこにいた漁師、シモン(ペトロ)とアンデレとヨハネはすでに、べタニアでイエスの弟子となっていました(ヨハネ1:35-42)。それ以前は、アンデレとヨハネバプテスマのヨハネの弟子となっていましたが、そのバプテスマのヨハネがイエスを「見よ、神の小羊だ」と証ししたので、彼らはイエスの弟子になったのです。シモンとアンデレはベトサイダ村出身の兄弟です。この兄弟と、ゼベダイの子ヤコブヨハネの兄弟は、いつも共に漁をする仲間でした。

 イエスは〈シモンの持ち舟に乗り〉、岸から少し漕ぎ出したところから、〈腰を下ろして〉群衆に福音を教えました。4章44節に記されているように、イエスユダヤ教のラビ(教師)として会堂(シナゴーグ)で説教をされることも多々ありましたが、このような湖畔でもどこでも人々に福音を説いておられました。

 コロナ禍で集まることが難しくなりましたが、私たちは教会ではもちろんのこと、それ以外の場所でも、日常生活の中でどこででも主と出会い、お交わりをすることができるのです。

 

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  2.主の御言葉に従う


 イエスは〈話し終わったとき、シモンに〉仰せになりました。
「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」
 ペトロは答えました。
「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした」
 彼らは夜通し漁をしたのに何も獲れず、心身ともに疲れていました。網を洗ってきれいにしたところであり、これからまた漁をするなんて面倒な話です。まして、イエスは大工であり、漁に関しては素人です。シモンは困惑しつつも、こう言いました。
「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」

 〈漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうに〉なりました。そこで、〈もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように〉頼みました。〈彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった〉のです。

 私たちも、一生懸命に努力したのに成果があがらず、失望するときがあるでしょう。それでも、主の御言葉を信じて従うならば、主は私たちにも大きな祝福を与えてくださいます。

 

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  3.主に用いられる人


 〈これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して〉、言いました。
「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」。
〈とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたから〉です。

 この出来事を通して、シモン・ペトロは、「イエスはただの人間ではない。神聖なお方である」と悟りました。そして、自らの罪深さを感じ、御前にひれ伏しました。

 人は、神と向き合う時に初めて、自らの真相を悟ります。自分は何と罪深く、聖なる神から遠く離れたものであることか、と。「私はクリスチャンになってから、さらに自分は罪深い人間だと思うようになりました」とおっしゃる方がいますけれど、それはクリスチャンとして健全な認識です。神の光に照らされているからです。私たちが神に近づけるのは、ただ神の一方的な恵みによって罪を赦され、きよめられたからです。

 ペトロはパウロのように専門教育を受けた学者ではありません。けれども主は彼をリーダーに選ばれました。神は高ぶる者を退けて、へりくだる者に恵みを与えてくださいます。

 イエスはシモンに言われました。
「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」。
〈そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った〉のです。

 その後もペトロの家は宣教の拠点として用いられており、ペトロは夫人同伴で宣教旅行をしていたようです(第一コリント9:1)。主イエスの復活の後、弟子たちはガリラヤ湖で漁をしていますから、(ヨハネ21:3)舟も手放してはいなかったようです。おそらくペトロたちの舟は、主イエスガリラヤ湖周辺での宣教活動にも用いられていたでしょう。

 ここで「捨てる」というのは、主イエスに従うことを最優先にするということであり、そのために余計なことをできるだけ削減して、弟子の道に専念するということです。

 主が大切に見ておられるのは「人間」です。魚のことで頭がいっぱいだった彼らが、それからは人のたましいに目を向けるようになりました。

 私たちは何を大切にして、何を得ようとしているでしょうか。主の御言葉によって、私たちの進むべき道を照らしていただき、主に従ってまいりましょう。