序論 日本バプテスト同盟のアイデンティティー
日本バプテスト同盟(以下「JBU」と略す)は日本国内にある67の教会・伝道所から成る包括宗教法人であり、16の協力団体があります(2020年4月1日現在)。JBUの結成の経緯については「日本バプテスト同盟信仰宣言」の前文に簡潔に記されています。
日本バプテスト同盟信仰宣言
〔前 文〕わたしたちは、アメリカン・バプテストから1873年に派遣されたネーサン・ブラウンとジョナサン・ゴーブル両師夫妻の宣教に始まるバプテストの群れです。
1941年、当時の大多数のプロテスタント教会によって「日本基督教団」が結成され、わたしたちの群れもそれに参画しました。1948年、アメリカン・バプテスト系の教会の交わりとして「日本基督教団新生会」を組織しました。その後、バプテスト教会のあり方をめぐって教団離脱問題が発生したために、1953年「基督教新生会」に改組し、その立場を表明するものとして、翌年「基督教新生会綱領宣言」を採択しました。
1958年、基督教新生会に属する教会の中から日本基督教団を離脱した教会を中心として、新しく「日本バプテスト同盟」が結成されました。そのときには新たに信仰宣言は行わずに、基督教新生会綱領宣言を日本バプテスト同盟の信仰の基盤として継承してきました。近年、日本バプテスト同盟が宣教の方向性を考える中で、1992年「『戦争責任』に関する悔い改め」を決議するに至りました。この悔い改めに立ち、今日的な課題を踏まえて宣教するために、新たに信仰宣言をいたします。
JBUの直接的なルーツは、アメリカン・バプテスト(北部バプテスト)の日本宣教にあります。ニューヨーク州にあるバプテスト教会の信徒であったジョナサン・ゴーブル(Jonathan Goble、1827年-1896年)は海兵隊員としてペリー艦隊の「黒船」ミシシッピ号に乗って、1853年(嘉永6年)に浦賀沖へ来航、翌年には横浜村で日米和親条約締結に立ち会いました。帰国後、ゴーブルは宣教師となるための教育を受けて、アメリカ・バプテスト自由伝道協会(ABFMS :American Baptist Free Mission Society)の宣教師となり、幕末の1860年(万延元年)4月に夫人を伴って来日、神奈川宿の成仏寺に入居しました。ゴーブルは1871年(明治4)年に、日本で最初の口語体聖書である『摩太福音書』を刊行しました。ちなみに筆者は20代の後半に、成仏寺の近くにある神奈川区役所で5年間、勤務しておりました。
1871年にゴーブル夫妻は岩倉使節団と同船して帰国。1873年(明治6年)に彼らはネーサン・ブラウン(Nathan Brown、1807年-1886年)博士夫妻と共に米国バプテスト宣教師同盟(ABMU:American Baptist Missionary Union)の宣教師として再び来日し、1873年2月7日に横浜に到着しました。JBUではこの日を記念して、2月の第一日曜日を「バプテスト・デー」としています。彼らは同年3月2日に、日本で二番目のプロテスタント教会である横浜第一浸礼教会を設立しました(現・日本バプテスト横浜教会)。
ブラウンは聖書と讃美歌の翻訳に従事し、1879年(明治12年)に平仮名書きの新約聖書『志無也久世無志与(しんやくぜんしよ)』を完成しました。1886年(明治19年)にはブラウン訳を漢字かな混じり文に改めた『新約聖書』(横浜浸礼教会刊)を出版しています。聖書翻訳を重視するのは、バプテスト派の宣教の特徴です。
明治時代には米国や英国からバプテスト派の宣教師が続々と来日して、関東、東北、北海道、関西、瀬戸内海、九州へと宣教を拡大しました。宣教師たちは1884年(明治17年)に横浜バプテスト神学校を設立し、幼稚園や女学校、男子校、保母養成塾など学校を全国各地に設立しました。これらの学校は関東学院(横浜)、尚絅学院(仙台)、彰栄保育福祉専門学校(東京)、捜真学院(横浜)、日ノ本学園(兵庫県)など今日、日本バプテスト同盟の協力団体となっています。
学院の歴史 | 学校法人捜真学院 | 捜真小学校・捜真女学校(中学部・高等学部)
アメリカのバプテストは19世紀末から海外宣教を盛んに進めました。その背景にあるのは第一次(1726年~1760年)・第二次(1787年~1840年)、第三次(1855年~1930年)の大覚醒(The Great Awakenings)です。
アメリカのバプテストの宣教によって生まれた日本のバプテスト教会は1919年(大正8年)に、北部バプテスト系の東部組合と南部バプテスト系の西部組合に分かれて、日本の伝道区域を分担することにしました。東部組合が今日の日本バプテスト同盟の前身です。
日中戦争の最中1941年(昭和16年)6月、政府の方針によって日本国内のプロテスタント33教派が合同して日本基督教団を結成しました。バプテスト教会はその第4部となりました。太平洋戦争の敗戦を経て、1948年にアメリカン・バプテスト系の教会は日本基督教団新生会を組織しました。その後、教団に属さないバプテスト教会が生まれたため、1953年に基督教新生会に改組して、翌年、「基督教新生会綱領宣言」を採択しました。
基督教新生会綱領宣言
われらは、日本における新生会八十年の伝統的信仰の歴史を省みつつ、今、われらの立っている信仰の共同的基盤を明らかにして、ここにその信仰の特質的なものを新生会の内外に宣言する。
1.われらは、聖書を信仰と生活との基準とする。
2.見えざる公同教会を信ずる。この公同教会は地上においては個別教会のうちにおいてのみあらわれている。
3.個別教会の主にある自主性を主張し、相互の連帯性を重んじる。
4.個別教会の信徒は、イエス・キリストを唯一の主と告白し、バプテスマを受けたものとする。幼児バプテスマは認めない。
5.バプテスマの方式は「浸礼」とする。
6.バプテスマと主の晩餐(ばんさん)とは、象徴的意味の礼典とする。
7.信徒はすべて祭司であり、平等である。従って教会政治は会衆制を採る。
8.信仰による良心の自由を重んじる。
9.政治と宗教との分離を主張する。
(1954年5月5日 基督教新生会 第6回大会)
1958年(昭和33年)、基督教新生会に属する教会の中から日本基督教団を離脱した教会を中心として、日本バプテスト同盟(JBU:Japan Baptist Union)を結成しました。それは、各個教会の自主独立、会衆制の教会政治、浸礼など、バプテストの伝統には教団と相容れないものがあったからです。
第二次世界大戦の時期、バプテスト教会も日本基督教団に所属して、日本政府の戦争遂行に協力しました。そのことに対してJBUは1992年に「戦争責任に関する悔い改め」を決議し、発表しました。
日本バプテスト同盟「戦争責任に関する悔い改め」
私たちは1873年以来、バプテストの伝統的信仰を継承しつつ今日にいたる間、1941年から10数年間、日本基督教団に所属していました。この教団が結成された年、私たちの国家は第二次世界戦争に突入し、私たちはこの戦争に参加、協力しました。さらに私たちの国家は、この教団が組織される以前からアジア諸国に対して侵略戦争を強行していました。
日本バプテスト同盟に属する私たちはこれらの戦争を想起する今、半世紀を越える長い間、この戦争にかかわった私たちの罪から目をそらしてきた怠慢を悔い改め、その戦争責任を共有するものであることを告白いたします。
私たちは、かつて天皇を神とした国家の中で、イエス・キリストのみが主であることを正しくかつ十分に告白することをしませんでした。そして私たちは国家のあやまった教えと政策に対して妥協し、へつらい、福音の真理をゆがめました。
私たちはまた、国家が推進した植民地支配や侵略戦争に加担、協力し、アジア諸国の人びとに対して独善的で傲慢でした。さらに、信仰を貫こうとする兄弟姉妹が迫害を受けた時、助けることをせず排除さえしました。しかも、このような私たちの弱さが今も引き継がれていることにおそれを抱きます。
私たちは今、それらの罪を深い痛みをもって神に告白し悔い改めます。そしてこのあやまちにより犠牲になった全ての人びとに許しを乞うものです。
今日、私たちの国家が再び危険な道を歩み始めている時、私たちは主から託された見張りの使命が私たちにあることを自覚します。そして信仰と良心の自由をもって「世の光」、「地の塩」として生きて行くことを決意いたします。
神はキリストによって私たちをご自分に和解させ、かつ和解の務めを私たちに授けてくださいました。どうぞ主が私たちをあわれみ、世界宣教のわざに参与させてくださいますように。1992年8月26日 日本バプテスト同盟 第35回総会
2001年にJBUは総会において「日本バプテスト同盟信仰宣言」を決議して、バプテスト主義を明文化しました。
日本バプテスト同盟信仰宣言
〔本文〕
わたしたちは、世界のバプテストの遺産や日本のバプテストの伝統を尊重しつつ、「日本バプテスト同盟信仰宣言」を表明します。
わたしたちは、聖書を信仰と生活の唯一の基準とします。聖書が証言している三位一体の神を信じます。この神の上に立ついかなる権威も認めません。イエス・キリストはわたしたちの主です。キリストは十字架の死と復活によって、わたしたちの罪を赦し、永遠の命にいたる道を開いてくださいました。
わたしたちは、教会を信仰によって新たに生まれた者の集まりと信じ、信徒の平等と良心の自由を大切にします。そして、それぞれの教会の自主性を重んじながら互いの連帯を深めます。バプテスマと聖餐を教会の礼典とし、信仰告白に基づく浸めのバプテスマを行ないます。
わたしたちは、神に創られた世界が正しく保たれるように努めます。また、神の支配と正義の実現のために仕え、祈ります。そして主が再び来られることを待ち望みつつ、みことばと聖霊の導きを求め、キリストに連なるすべての人々と共に、福音宣教に励みます。
〔付記〕
日本バプテスト同盟は、それぞれの教会の自主独立を尊重しつつ、連合体を形成しています。したがって、この「信仰宣言」はその教会の自主性を制限するためのものではありません。むしろ、それぞれの教会が主体的にこの「信仰宣言」を共有することによって、日本バプテスト同盟がどのような立場に立ち何を目指しているのかを確認し合い、互いの交わりが一層深められることを願うものです。2001年7月21日 日本バプテスト同盟 第44回総会
バプテストには、各個教会や地方連合がそれぞれの信仰告白文や教会契約を作る伝統があります。次に記すのは、JBUの『信仰の手引き』に掲載されている「教会の約束」です。
教会の約束
わたしたちは、神の恵みによってイエス・キリストは主であると信じ、告白してバプテスマを受け、この教会の一員に加えられましたので、聖霊の助けによってこの約束をいたします。
わたしたちは、この教会が人によってではなく神によってできたものと信じ、主の日の礼拝、教会の定めた集会に参加し、教会がきよくなるよう、一致するよう、栄えるように祈ります。またバプテスマと聖餐の二つの礼典、そして聖書の教えと教会の定めた秩序とを守ります。
わたしたちは、この教会を支えまた世界に福音を伝え、神のみ心が広く行われるために進んで必要なものをささげます。
わたしたちは、主にある兄弟姉妹として愛し合い、互いの喜びと悲しみを共にいたします。
わたしたちは、ひとりで祈ることや家族と共に祈る生活を大切にし、私たちが預かった子供たちを神に喜ばれるものになるように教え育て、またまことの心と正しい行いと全ての人を愛することによって、人々を救い主に導くよう心掛け、主と再び会う時までこの約束を固く守ります。
わたしたちは、どこにあってもこの約束の精神と神の言葉の真理が実行される教会に加わることを約束いたします。
本論では、このようなJBUのアイデンティティーが形成された歴史的事情を考察します。