カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

「積極的平和主義」の積極的活用!

牧師が社会問題に関心を持つのは当たり前だと、私は思っています。人間は皆、社会的存在であり、聖書の教えは実に社会的ですから。

キリスト者、牧師が社会に向かって発言することも大いに結構です。ただし、それがプラスになるとは限らず、マイナスになることが多いということも計算しなければいけません。

私が最近、異議を訴えて積極的に発信しているのは、「安保法案のように国論が分かれており、賛否どちらが正しいか判断が難しい問題で、キリスト教が団体として一方に偏った立場を公式に打ち出したら、マズイですよ」ということです。

それは、キリスト教の内部者で異論を持つ人を排除する「いじめ」につながりかねません!

もし、日本のキリスト教を代表する団体が「安保法案賛成」という決議をしたら、反対派の皆さんはどういう反応をするでしょうか。「少数派の意見を無視するな! 一方に偏った声明を出すな!」と怒りまくるんじゃないでしょうか。その点では、政治的に保守的な人たちの方が、態度は大人ですね。

マタイの福音書24章で主イエスは、終末期にこの世は、民族間対立・国家間対立が激しくなり、戦争が起こる、多くの人の愛が冷える、と教えています。そして、偽預言者・偽キリストがはびこると。

では、そのような終末期にキリスト者キリスト教会が為すべきことは何だ、と主イエスは言われたでしょうか? 答はマタイ25章にあります。

それは、飢えている人、渇いている人、流浪する難民、裸の恥をさらす人、病気の人、不当に逮捕・収監されている人、「これらの私の兄弟たち、しかも最も小さい者たち」のひとりひとりに関心をもって、必要な物を届け、あるいは慰め励まし助けることではありませんか。

緒方貞子さんを皆さんよくご存知でしょう。国連難民高等弁務官として、多くの紛争地・戦地に乗り込んでいき、難民救助に尽力したクリスチャン女傑です。彼女は当然ながら、軍隊に保護してもらって仕事をしていました。安倍総理が提案する「積極的平和主義」とは、自衛隊がそのような任務に尽力することではないでしょうか。

緒方貞子さんは次のような発言をしています。

「例えば、難民の受け入れは積極的平和主義の一部ですよ。本当に困っている人たちに対してね。それから開発援助も底辺に届くようなものをどれだけやるのか。それが積極的ですよ。難民の受け入れに積極性を見いださなければ、積極的平和主義というものがあるとは思えない」

「PKO(国連平和維持活動)については、私は(自衛隊の派遣に)相当期待していました。だけど、危ないところにはお出しになりませんよ」

「どのくらいの犠牲を払う用意があるかということについて、もうちょっとはっきりお考えになる必要があるんじゃないですか。そういう議論をおっしゃらないもんね。おっしゃれないかもしれない。今の日本の考え方は、みんな『犠牲はない』と。だけど積極的平和主義はやると。そういう矛盾の中で暮らしているんじゃないですか」

http://www.asahi.com/sp/articles/ASH9P2VWLH9PUHBI00H.html

反対派は「積極的平和主義」について、「そのネーミングは不適切だ」「海外派兵の正当化だ」と、マイナスイメージの攻撃をしてばかりいるように感じます。私は、その意義を積極的に認めて、有効にこの法制を活用することを望みます。

飢えている人、渇いている人、流浪する難民、裸の恥をさらす人、病気の人、不当に逮捕・収監されている人、「これらの私の兄弟たち、しかも最も小さい者たち」が世界中にいるからです。