KANAISM BLOG ー真っ直ぐに行こうー

聖書のメッセージやキリスト教の論説、社会評論などを書いています。

コーチングとは何か

  序 論

 

近年、日本でも「コーチング」が流行している。いや、ビジネスや教育などの場では、定着していると言えるくらいかもしれない。例えば、こんな具合である。

権威型のリーダーシップが機能する時代はもはや終わり、マネジャーやリーダーには今、対話によって部下の能力や才能を最大限引き出すコーチ型リーダーシップが求められているのです。

コーチングとは……たんなるコミュニケーションスキル向上の手法ではなく、リーダーシップやマネジメント、ケーパビリティ、さらには組織のソーシャル・キャピタル社会関係資本)をテーマに、部下と継続的に行う、1対1の人材開発手法なのです。

コーチングとは - コーチ・エィ Coachacademia(コーチャカデミア) | コーチングの全てを学ぶコーチング・プログラム

 

日本のキリスト教においても、コーチングを盛んに広め、実践している人たちがいる。「コーチング」とは、そもそも何であるのか。その思想的な背景は何か。それはキリスト教において有効なのか。教会でそれを用いることに弊害は無いのか。

そういった問題を、この小論で考察してみたい。

 

  1.コーチングとは何か

 

まずはWikipediaの定義を見てみよう。

コーチング - Wikipedia

コーチン(coaching)とは、人材開発の技法の1つ。対話によって相手の自己実現や目標達成を図る技術であるとされる。相手の話をよく聴き(傾聴)、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すとするコミュニケーション技法である。

この定義によれば、「コーチング」は「人材開発」において活用される「コミュニケーション技法」の一つである。これは、スポーツにおける選手の教育・指導・育成・マネジメントを意味する「コーチング」とは根本的に異なるものである。

"コーチング"は『指導するのではなく、質問を中心とした対話によって相手の目標達成を図るコミュニケーション技術』とするため、スポーツ用語にも混乱をもたらしている。

それが使用される「場」としての「人材開発」とは何か

日本では、アメリカ自己啓発セミナー"est"の後身である"forum"(現ランドマーク・エデュケーション)が、1985年に日本に進出した当初から勧誘プログラムなどの受講者に対して、勧誘のコミットメント(やる気)を引き出し、いつまでに何人勧誘するといった言質をとるためのコミュニケーション手段としてコーチングの手法を用いていた。ただし、コーチングという英語名称ではなく、「コーチすること」と訳していた。

また、"Lifespring"自己啓発セミナーの"ライフ・ダイナミックス"は社員をアメリカに派遣して、社員向けのトレーナーズ・セミナーでコーチングのノウハウを取得させていた

1980年代に日本に輸入されたコーチングは、アメリカ産の「自己啓発セミナー」で用いられて、発達した「コミュニケーション」手段であった。その「場」は、高額な受講料で有名な、いわゆる「自己改造セミナー」である。

Yet Another History of LGAT: 自己啓発セミナーの歴史

Wikipediaでは、コーチングの基本的な要素として、次のものが挙げられている。

モチベーション (動機)編集

これがなければ学習効果は決して上がらない。 自ら学ぶ、自ら問題を解決する、という姿勢を作り出さなければならない。

観察(傾聴)編集

すべての人間に個性があり、理解が早い人も遅い人もいる。個人の能力をそれぞれ伸ばすためには、同じ課題を与えても結果は異なることを前提とし、個人に対する観察、把握、分析が必須である。

コミュニケーション(質問)編集

表情や動作などの非言語によるコミュニケーションを含め、コーチングを行う上での基本。 自分の主張だけをしたり、あらかじめ用意されたテキストや質問を読み上げるだけでは、コーチングにはならない。

考える力(承認)編集

 

コーチングを受ける側に、考えて自ら問題を解決する力をつけさせるのが、コーチングの最終的なゴールとなることを忘れてはならない。

 

  2.コーチングのルーツ

 

この「コーチング」のルーツは何だろうか?

コーチングはカウンセリングの質問技法の中のフィード・フォワード質問や具体化質問など、狭い領域に絞り込んだ目的思考の質問をビジネスライクに行うことに特徴がある。また、クライアントへの「助言・力づけ・援助」をクロージングとするカウンセリングと異なり、コーチングはそれらを「承認」に代える。

カウンセリングや心理療法は、提唱者や研究グループの名前が冠せられたり、礎となった理論仮説や理念・信念を表出した名称が付与されるが、コーチングの場合は日本でもアメリカでも自己啓発セミナーと密接な関係があること、成功哲学マルチ商法と親和的であること以外、詳細な出自・経緯は明らかとなっていない。

コーチングは明らかに、心理学の一部を応用した技法である。そのルーツは、パールズのゲシュタルト療法、マズロー人間性心理学、ロジャーズの非指示的カウンセリング(来談者中心法)、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントである。これらは、トランスパーソナル心理学への道備えをしたニューエイジの精神的霊的な運動である。

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  3.コーチングの発展

 

アメリカで一般的に広くコーチングが普及したのは1990年代前半らしい。

一般向けのセミナーとしてコーチングの普及が図られたのはアメリカでもそれほど古くはなく、1992年の"Coach U"(別名: Coach University)、1994年の"Coachville"(邦名: コーチヴィル)と、同年に設立された"International Coach Federation"(邦名: 国際コーチ連盟)によってである。いずれも、元"est"の社員で同社のファイナンスを担う企業の経営者だったトーマス・レナードと言う同一人物によって創設され、もっぱら資格セミナーとして提供された。トーマス・レナードは、1992年に設立トーマス・レナードは、1992年に設立された"CTI"(Coaches Training Institute)の創業にも深く関わっている。

アメリカから日本に本格的に進出してきたのは、1990年代後半のようだ。

日本では、1997年に"Lifespring"系の"iBD"の別会社である"コーチ21"(現コーチ・エィ)が、2000年にはアメリCTIの支援を受けた"CTIジャパン"が、最初期のコーチング・セミナー会社として開業した。

www.coacha.co

 日本のビジネス界ではコーチングは、社員の能力を引き出すための技法の一つとして、理解されているようである。

コーチングとは何か、説明してください」と問われたら、あなたはどう答えるだろう。私の経験では「部下の話をよく聞き、相手をほめて、承認して、ソフトタッチに接していくこと」と答えるマネジャーがとても多い。これは勘違いであり、そんな話ではない。 

コーチングの定義を、第一人者の言葉を借りて表現すると、「対話を重ねることを通して、クライアントが目標達成に必要なスキル、知識、考え方を備え、行動することを支援し、成果を出させるプロセス」となる。

  4.日本の教会におけるコーチングの始まり

 

1990年代後半に、日本のキリスト教界にコーチング・ミニストリーを紹介したのは、ロバート・ローガン博士(フラー神学校の宣教学者)である。日本教会成長研修所(JCGI)が、1995年にロバート・ローガン博士とボブ・クリントン博士を講師として開催したコーチング研修会が、出発点らしい。日本ではこれを「バルナバミニストリー」と呼んだ(『RACジャーナル』第4号 p.36、『バルナバのように人を育てる』p.3)。

::::: DURANNO JAPAN :::::

CMN ネットワークによる教会開拓(山形プロジェクト)の紹介

そして、「セルチャーチ」運動を推進している人たちが、2006年に「コーチングネットワーク」を始めている。

JCMNにようこそ

JCMN(日本セルチャーチ宣教ネットワーク)とは

日本セルチャーチ宣教ネットワーク(Japan Cell Church Mission Network = JCMN)は、1998年に発足しました。

「キリストのからだは、少人数の集まりであるセル(細胞)に基づいて成り立っている」という「セルチャーチ」の概念が、1990年代に日本にもたらされ、様々な教会が取り組み始めました。そして、自分たちの教会の成長だけでなく、日本の宣教のために協力していこうという志が与えられ、JCMNというネットワークが誕生しました。

特に、2006年から始まった「コーチングネットワーク」を通して、セルチャーチに取り組んできた、あるいは取り組み始めた牧師たちが、これから取り組もうとしている牧師たちにボランティアで励まし、助けています。また、そのようなコーチング関係が牧師同士だけでなく、教会と教会の関係においても生まれてきています。「あなたの教会は私の教会、私の教会はあなたの教会」というスピリットで仕え合うことを通して、ユースリーダーたちのネットワークや、日本国内での短期宣教の働きなども起こされてきています。


JCMNは、その母体である世界セルチャーチ宣教ネットワーク(CCMN)を通して、アジアや世界各地のキリストのからだともつながっています。日本だけでなく、世界の宣教のためにも貢献したいと願っています。

JCMNとは


セルチャーチとは

(ラルフ・ネイバー著「セル教会ガイドブック」7,8ページより)

セル教会は、新約聖書に書かれている教会の在り方です。セル教会を理解するには、人間の体を思い浮かべてみてください。細胞(セル)は、人体を作る基礎単位です。ある細胞は骨を作るために結合し、他の細胞は血や器官や目や皮膚などの組織を作っています。

セル教会の基礎は、セル(細胞)です。それは7~15人でつくるコミュニティ(共同体)で、家から家へと移動しながら活動します。このセルグループの中に、初代教会の純粋な姿が存在するのです。セルは「基礎的なクリスチャン共同体」と呼ばれることがあります。その呼び名は重要ではありませんが、セルグループが教会の基礎であるという事実はとても重要です。 

 フラットな人的交流を促進するコーチングの技法は、セルグループやハウスチャーチに適しているようである。しかし、「伝道や牧会に役立つ技術なら、何でも取り入れたら、いいじゃないか」というのは、安易で乱暴な考えである。その技術に伴う世界観・人間観が、教会や教義・信仰を変質させてしまう危険性があるからだ。

ラルフ・ネイバーの『セル教会ガイドブック』は、実践的でわかりやすく、優れた手引書である。ただし、ラルフ・ネイバーはこう主張する。7~15人で作るセル(細胞)グループの中にこそ、初代教会の純粋な姿がある。セルグループが教会の基礎であるーー。

これは、キリスト教2000年の伝統を重視する立場から見ると、問題があるだろう。神学教育を十分に受けていないリーダーが導くセルグループやハウスチャーチは、異端やカルトになる危険性がある。

セル教会ガイドブック

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  • 作者: ラルフネイバー,Ralph W. Neighbour,酒井敬仁,南原チヨ,南原リツ子
  • 出版社/メーカー: マルコーシュパブリケーション
  • 発売日: 1998/09/25
  • メディア: 単行本
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ニューライフ旅ガイド (細胞グループ教会形成シリーズ)

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聖書は専門の教職者・牧者の必要性を説いている、と筆者は理解している。有給・無給・専任・兼職の制限は無いだろう。牧師になる人は、異端やカルトにならないためにも、専門の聖書教育・神学教育・実践訓練を受けるのが望ましい。

筆者は、聖書が教会を特定の組織形態や政治制度に限定している、とは思わない。社会の状況や地域性など諸条件に応じて、教会の形態・制度は変わってよいと思う。

 

  5.バルナバのように

 

福田充男牧師の『バルナバのように人を育てる ー コーチング・ハンドブック』は、キリスト教的なコーチングの良い手引書である。

バルナバのように人を育てる―コーチング・ハンドブック

バルナバのように人を育てる―コーチング・ハンドブック

 

福田師の定義する「コーチング」の性格は、世俗のものとは異なっている。

コーチングを「相手をやる気にさせるための人間関係の技術」と考え、教会形成の特定の分野に導入しても、あまり変化は期待できないであろう。(p.43)

コーチングは、単なる人材育成のための技術ではなく、聖徒の交わりの一つの局面である。(p.48)

 「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるため」(エペソ4:12)

 リーダーの役割は、神の民に与えられた潜在的な能力が引き出されるための触媒となることにより、キリストのからだの中に位置づけられた適切な奉仕の働きに就くことができるように信徒を整えることである。(p.14)

 世俗のコーチングは、自己実現と企業活動活性化のために行う人材開発であるが、キリスト教コーチングは、「聖徒たちを整える」ことと「キリストのからだ」なる教会を建て上げることを、目的としている。それゆえ「バルナバミニストリー」と、名称を聖書の人物名に換えて、伝道者・牧会者であるバルナバから学ぶというスタイルをとったのは、上策だろう。

このコーチのようなリーダーのモデルが聖書の中に見いだされる。それは、キプロス出身のヨセフである。使徒4:36によると、彼にはバルナバ、つまり「慰めの子」というあだ名が付けられていた。この素晴らしいあだ名は、「そばにいて助ける者」という意味である。(p.15)

バルナバの特長を表す「慰め」(パラクレーシス =パラ 側に+カレオー 呼ぶ)は、神の特長であり(第二コリント1:3)、「弁護者」(パラクレートス)なるイエス・キリストの特長であり、「助け主」(パラクレートス)なる聖霊の特長である(ヨハネ14:16,26, 15:26, 16:7)。

バルナバは、回心したパウロエルサレム使徒たちに紹介した。また、タルソからパウロを連れ出して、アンテオケ教会の共同牧会者とした。そして、パウロを連れて宣教旅行をした。やがてパウロは彼を越える大伝道者になった。パウロが宣教旅行から外そうとしたマルコを、バルナバが引き受けて、宣教旅行に連れて行った。その後マルコは有能な伝道者となった。

確かに、人を育てるという面で、バルナバに学ぶことの意義は大きい。しかし、それがキリスト教におけるリーダーシップや牧会・教育のすべてではない。ガラテヤ書に記されているパウロのように、他のリーダーたちと激しく衝突して、厳しく批判することも、真理を守り、信徒を守り、教会を守るために必要な場合がある。バルナバは一つのモデルケースに過ぎず、過大な評価や安易な適用はよろしくない。

福田師は「側に立って助ける人」(p.42)というフラットな関係を強調しており、主イエスもそうであったように描いている(pp.20-22)。しかし、それだけでなく、主イエスは「御顔を堅くエルサレムに向けて」、堂々と先頭を歩いていく。

「自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従ってきなさい」と主イエスは、弟子と弟子志望者に要求しておられる。聖書には「俺についてこい」劇場(p.17)も、たくさんあるのだ。

 

  6.バルナバミニストリー

 

さて、大橋秀夫牧師によると、「バルナバミニストリー」の具体的な方法は次のようである(以下『宣教学リーディングス』p.271から抜粋)

バルナバと呼ばれる導き手が、定期的に信者と面接し、個人的に指導することを通して、個人的な成長と奉仕活動の前進を助けるミニストリーです。その指導は、バルナバ役の人がクライエントと会って、いくつかの質問をすることによって、進行していきます。バルナバは、クライエントが自分の生活を思いめぐらし、個人的生活を評価することができるような質問を用意します。霊的生活、人間関係、スチュワードシップ等に焦点を合わせた質問ですね。

それから、その方が持っている目標を明らかにし、その目標が達成されるために役立つような質問をします。

「あなたは次の面接までにこれをしなさい」というのではなく、クライエントが自分で気付くことが大切です。

クライエントが自ら決めることができるように助けてあげるということですね。これがバルナバの役割です。

月に一度、バルナバはクライエントと会って、クライエントが自分で立てた目標に自分で取り組むことができるようにと励まし、祈ります。また「一人でできますか」、「何か助けが必要でしょうか」と聞いてあげて、もし助けが必要ならば具体的に助けますし、アドバイスが必要ならば助言することによって、その人が持っている目標が達成されるように助けてあげるのです。

これは聖書から帰納法的に「バルナバ」を観察して、学び取った技法だろうか? 「コーチング」の理論と技法を演繹法的に聖書のバルナバに読み込んだのではないだろうか? 2000年も前の人物を、現代の心理学によって評価することが、適切かどうか。疑問は残る。

この技法には一般の「コーチング」との近似性が認められる。こうした技法の導入によって、霊的・信仰的な「異物」が混入することのないよう注意が必要である。

 

   7.コーチングは聖書的・キリスト教的な技法か?

 

そもそも「コーチ」(coach)や「コーチング」(coaching)という単語は、主要な英訳聖書では見当たらない。ギリシャ新約聖書には、これに該当する単語は無いようだ。また、バルナバも最初期キリスト教におけるリーダーのひとりにすぎず、他にも様々なタイプのリーダーシップが存在していた。

よって、コーチングが「キリスト教」に必要不可欠であるとは思えない。コーチングは、聖書神学や組織神学、歴史神学で扱うべきものではなくて、実践神学の中で一つの補助的な手段として扱うべきであろう。水平的・フラットな人間関係を重視するコーチングを、聖書解釈のフィルターに使ったり、神学・教理の組織化の基本原理にするなら、それはもはや正統的なキリスト教ではない。また、コーチングを教会形成の基礎あるいは中心に据えるなら、それはもはや公同的な教会ではない。

書・キリスト教の本質は「神と人」の垂直的関係である。キリスト教信仰は、「上から」下される神の啓示に、絶対的に依存している。神の御子イエス・キリストの降誕・受肉・死・黄泉への降下・復活・昇天・高挙こそ、決定的な神の啓示であり、唯一の救いのわざである。

このキリストを証しするために、神の御霊の導きによって、聖書が記された。この神の言葉である聖書を正しく教え、聖書の教えに従って人々に洗礼と聖餐を授けるために、牧師が神に召され、教会によって公に任職されているのである。教会は私的な集団ではなく、この世において神の国を代表する「公同」の機関である。

新約聖書では、「ディダスコー διδάσκω」(教える)が97回も使用されている。これの名詞形も多い。

これらのことを命じ、教えなさい

わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。

あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。

自分自身と教えとに気を配りなさい。

(第一テモテ4:11,13,14,16)

キリスト教・教会の営みにおいて「教授」=「ティーチング」(Teaching)は本質的に必要なことである。

最初期キリスト教で洗礼用の教理教育文書(カテキズム)とされた「古ローマ信条」は、整えられて「使徒信条」となり、西方教会ローマ・カトリック教会プロテスタント聖公会)の信仰基準として、今日に至るまで用いられている。東方正教会西方教会に共通の信仰基準となっている「ニカイア信条」(NC)は、使徒信条を基に三位一体論を発展させて作成されたものである。

教会の伝道・牧会・教育においては「ティーチング」が主であり、「コーチング」は従でなければならない。

教会の質的・量的・霊的な成長の鍵は、第一に、牧師たちが学び続け、成長し続けることである。第二は、教会役員やCS教師など信徒リーダーが学び続け、仕え続けることである。

 

  結 論

 

これまでの考察をまとめよう。

コーチング」(coaching)とは何か。今日、日本では少なくとも次の3種類の「コーチング」がある。

①スポーツにおける選手の教育・指導・育成・マネジメントの総称。

②人材開発において活用される「コミュニケーション技法」の一つ。この「コーチング」では、教える(teach)のではなく、傾聴と質問を中心とした対話によって、クライエントの目標設定、動機付け、問題解決、目標達成を図る。

③教会において用いられるパストラルケアの技法の一つ。導き手が定期的にクライエントと個人面談を持ち、傾聴と質問を通してクライエントが自ら真理に気づき、霊的成長・奉仕活動・目標達成に至るよう助ける。

この三種の区別は、実際には明確になっておらず、混乱が見られる。

コーチングの思想的背景・ルーツは何か。②のルーツは、ゲシュタルト療法、人間性心理学、非指示的カウンセリング(来談者中心法)、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントといった、ニューエイジの心理学的・精神的・霊的な運動である。③は、キリスト教の聴罪・魂への配慮・祈祷といった伝統的なパストラルケアに、②の「コーチング」の技法が援用されたものである。

これはキリスト教において有効なのか。 フラットな人的交流を促進するコーチングの技法は、セルグループやハウスチャーチに適しているようである。

教会でこれを用いることに弊害は無いのか。②の技法に伴う世界観・人間観が、教会や教義・信仰を変質させてしまう危険性があるので、コーチングのテキストブックや講師は慎重に選びたい。

キリスト教の伝道・牧会・教育において心理学をどのように用いるかという問題は、しばしば議論される重要なテーマである。トウルナイゼン(独)の『牧会学』とヒルトナー(米)の『牧会カウンセリング』では、すでに方向性は大きく異なっていた。前者は指示的カウンセリングであるが、後者は非指示的カウンセリングである。その根本問題が応用篇となって、我々に迫ってきているようである。

なお、今日、日本では、バルナバミニストリー」よりもずっとコーチングを牧会・教育に重用する各種の「コーチング」活動が、行われている。 「コーチング」の視点から「キリスト教」や「教会」を再解釈・再構築しようとしているのではないか、と疑われるものもある。「コーチング」が効果的であるとしても、導入に当たっては、講師やテキストブックをよく選ぶべきだろう。

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