ここ数年、どうも腑に落ちない、おかしな動きが日本のキリスト教社会に起こっています。教団や宣教団体の名において、左翼的に偏った反体制の政治運動を行うケースが、非常に多くなっているのです。
一例として、日本バプテスト連盟理事会が出した文書を分析してみます。筆者は、この連盟の複数の教会で、定期的に説教をさせていただいたことがあり、親しみを感じています。
http://www.bapren.jp/uploads/photos/783.pdf
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日本バプテスト連盟加盟諸教会・伝道所のみなさまへ
「いにしえの道を尋ね、良い道を求め」
(連盟理事会からの呼びかけ)
み名をあがめさせたまえ。
私たち日本バプテスト連盟理事会は、去る5月31日から6月2日にかけて2016年度第一回理事会を開催し、連盟加盟諸教会・伝道所のみなさまに以下の呼びかけをさせていただくことにしました。
「あなたがたはわかれ道に立ってよく見、いにしえの道につき、良い道がどれかを尋ねて、その道に歩め。」(エレミヤ書6:16 口語訳)
安倍政権は、成立以来、憲法から逸脱した特定秘密保護法や安保関連法を制定し、さらにその集大成として憲法そのものを根底から改変しようとしています。わたしたちは、重大な危機の只中にあります。イエス・キリストの福音宣教を担う教会は、歴史の分かれ目に立ち、多くのいにしえの道(歴史)を尋ね、ただ一つの良い道を求めよという主の言葉を受けた預言者のように、いま、立っています。
今から16年前の2000年、当時の森喜朗首相は「日本は天皇を中心とする神の国である」と公言し、憲法違反との世論を受け、衆議院解散に追い込まれました。しかしこの思想は、安倍政権が目指す憲法改正の精神にそのまま引き継がれています。それは明治から敗戦に至る大日本帝国憲法の精神や、天皇を「現人神」(あらひとがみ)とする国家神道(国教)に基づく国家体制(国体)の復古を目指すものに他なりません。さらにこの動きは、様々な国家主義的宗教団体が中心になって構成されている「日本会議」によって促進、支持されており、現在の国会議員の約四割、そして安倍内閣の八割以上がこのメンバーで占められています。
安倍首相は7月に予定されている参議院議員選挙に関して、与党で過半数、さらに改憲に賛成する野党議員を合わせて改憲勢力全体で議席の三分の二を占めることを目指す、と公言しています。また、憲法改正について「(2018年9月までの)私の在任中に成し遂げたい」と明言しています。今この時、私たちひとりひとり、またひとつひとつの教会がどのように判断し、どのように行動するのかが問われています。戦争に向かう動きに、反対しましょう。わたしたちがかつての、天皇の名の下に遂行された戦争でアジア各地において二千万人以上ともいわれる人々を死に追いやり、自らも苦しんできた「いにしえの道」を尋ね、改めて愛と平和の道を求めたいのです。信仰者として、主なる神、自分自身、そしてこの国が傷つけてきた人々に対する責任は重いものです。歴史において主は誠実であるように、私たちも誠実でありたいと願います。
主イエスの言葉が私たちと共にあります。「あなたがたには世で苦難がある。しかし勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ福音書16:33 新共同訳)
み国を来たらせたまえ。
2016年 6月 2日 日本バプテスト連盟理事会
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以下、私流でこの声明を政治力学的に分析してみます。
■仮説
戦後日本の国政において、次の三つの政治力学が今日に到るまで作用している、と筆者は考えています。
【A】米国政府の意向に沿って、アメリカ的な自由主義・民主主義を実行しようとするベクトル
【C】旧ソ連共産党(現ロシア政府)、中国共産党、朝鮮労働党、韓国政府の意向に沿って、反日主義・社会主義を実行しようとするベクトル
【J】日本の特権階級(皇族、旧華族の一部、世襲政治家、財閥、財界エリート、資産家、他)の意向に沿って、民族主義・保守主義を実行しようとするベクトル
これら三つの政治力学は相互に反目しています。
A(自由主義・民主主義)対C(反日主義・社会主義)
A(自由主義・民主主義)対J(民族主義・保守主義)
C(反日主義・社会主義)対J(民族主義・保守主義)
しかし、日本の国政においては、これらの反目する複数のベクトルを内包する政党が存在しています(不思議の国ニッポン!)
自由民主党=A(自由主義・民主主義)+J(民族主義・保守主義)
民進党=A(自由主義・民主主義)+C(反日主義・社会主義)+J(民族主義・保守主義)
この「声明」は「安倍政権」=自由民主党の基本政策である「日米安保体制」に反対するものであり、【C】旧ソ連共産党(現ロシア政府)、中国共産党、朝鮮労働党、韓国政府の意向に沿って、反日主義・社会主義を実行しようとするベクトルに同調していることが、疑われるでしょう。
政治理念と経済政策の面から見ると、次のような分類もできます。
【政治理念】
保守派:伝統的社会秩序重視、家族重視、民族アイデンティティー重視
リベラル派:自由・平等重視、同性婚法制化、個人主義
【経済政策】
右派:大きな政府(福祉充実・財政出動)、保護貿易
左派:小さな政府(規制緩和・法人税軽減・民営化)、自由貿易
「保守右派」(国民保守主義)は自民党傍流(真正保守)
「保守左派」(新自由主義)は小泉政権
「中道右派」は自民党保守本流
「中道左派」は民進党、社民党
「リベラル右派」(リベラリズム)は日本共産党
「リベラル左派」(リバタリアニズム)
■分析
【1】安倍政権は、成立以来、憲法から逸脱した特定秘密保護法や安保関連法を制定し、さらにその集大成として憲法そのものを根底から改変しようとしています。
➡ここでは「憲法」を絶対化・固定化した基準として、安倍政権の政策を批判しています。日本国憲法は改正についての条文を内包しており、決して絶対化・固定化すべきものではありません。
立憲主義によれば、情勢の変化によって国の基本政策と憲法にズレが生じた場合、選挙と国民投票によって国民の信を問うて、憲法を改正することは、正しい行為です。
日本国憲法は【A】(自由主義・民主主義)を基本としていますが、この声明は【A】(自由主義・民主主義)のベクトルを支持する立場から出たものでしょうか?
【2】今から16年前の2000年、当時の森喜朗首相は「日本は天皇を中心とする神の国である」と公言し、憲法違反との世論を受け、衆議院解散に追い込まれました。しかしこの思想は、安倍政権が目指す憲法改正の精神にそのまま引き継がれています。それは明治から敗戦に至る大日本帝国憲法の精神や、天皇を「現人神」(あらひとがみ)とする国家神道(国教)に基づく国家体制(国体)の復古を目指すものに他なりません。
➡この声明の趣旨は、特定秘密保護法や安保関連法など安倍政権の「政策」に対する反対を表明することでしょうか? この部分では「イデオロギー」に問題がすり替わっています。自民党・安倍政権には【J】(民族主義・保守主義)のベクトルがあると批判しているのです。筋が通っていません。
【3】さらにこの動きは、様々な国家主義的宗教団体が中心になって構成されている「日本会議」によって促進、支持されており、現在の国会議員の約四割、そして安倍内閣の八割以上がこのメンバーで占められています。
➡ここでは、安倍内閣に「国家主義的宗教団体」が中心となっている「日本会議」のメンバーが多いことを問題視しています。問題の焦点が、イデオロギーから「宗教」へと移っています。
この声明は「政教分離」を訴えているのでしょうか? あるいは、教会の政治的活動への積極的関与・参加を促しているのであれば、「宗教団体」の政治的活動を批判するのは、矛盾となります。「国家主義」に反対しているのであれば、国家社会主義すなわちマルクス・レーニン主義の運動にも反対すべきです。
【4】安倍首相は7月に予定されている参議院議員選挙に関して、与党で過半数、さらに改憲に賛成する野党議員を合わせて改憲勢力全体で議席の三分の二を占めることを目指す、と公言しています。また、憲法改正について「(2018年9月までの)私の在任中に成し遂げたい」と明言しています。
➡【1】で述べたとおりです。憲法改正の「手続き」をする行為自体は、不当とは言えません。
【5】今この時、私たちひとりひとり、またひとつひとつの教会がどのように判断し、どのように行動するのかが問われています。
➡クリスチャン「ひとりひとり」が個人的・私的に政治的活動を行うのは、もちろん自由です。合法的なものであれば、特定の政党のメンバーとして活動したり、特定の政策を支持・主張したりすることも自由です。
しかし、「ひとつひとつの教会が」政治的活動をすべきでしょうか? 「ひとつひとつの教会が」特定の政党を支持したり、批判したりすべきでしょうか? 「ひとつひとつの教会が」特定の政策を支持したり、批判したりすべきでしょうか?
それがキリスト教・教会に直接関係することであれば、それなりの政治的活動・支持・批判があって然るべきでしょう。しかし、それ以外の場合は原則的に、教会が政治に直接関与・介入すべきではありません。なぜなら、それは「政教分離」の主張と矛盾しており、多くの人に「つまずき」となり、教会自体に危機をもたらすからです。
教会の中には、信仰に反しない限り、多様な政党支持者がいて当然ではないでしょうか。また、教会のメンバーが支持・主張する政策には、多様な違いがあって当然ではないでしょうか。「ひとつひとつの教会」が特定の政党・政策に偏った立場を支持して、政治的活動を行うなら、それに同調・賛成できない牧師や信徒を排除することになりかねません。それは「教会」として、ふさわしいあり方でしょうか。
【6】戦争に向かう動きに、反対しましょう。
➡ここでは安倍政権による特定秘密保護法、安保関連法(平和安全法制)、憲法改正といった政策が「戦争に向かう動き」だ、と断定しています。それは正しい「判断」でしょうか? 「教会」がそれに反対する政治的活動をすべきでしょうか?
これらの政策については国論が真っ二つに分かれています。近年、中国や北朝鮮の軍備拡張や軍事行動は、顕著にエスカレートしています。それに対応する防衛力整備・安全保障体制の強化は、東アジアの平和と安定のために必要だ、というのが政府の説明です。多くの国民が、これを支持しています。
【7】イエス・キリストの福音宣教を担う教会は、歴史の分かれ目に立ち、多くのいにしえの道(歴史)を尋ね、ただ一つの良い道を求めよという主の言葉を受けた預言者のように、いま、立っています。(中略)わたしたちがかつての、天皇の名の下に遂行された戦争でアジア各地において二千万人以上ともいわれる人々を死に追いやり、自らも苦しんできた「いにしえの道」を尋ね、改めて愛と平和の道を求めたいのです。信仰者として、主なる神、自分自身、そしてこの国が傷つけてきた人々に対する責任は重いものです。
➡現実の政治においては、100パーセント正しい=プラスだとか、100パーセント誤りだ=マイナスだという政策は、ほとんどありません。ほとんどの政策は白黒混じったグレイです。濃淡に違いがあるだけで、善悪・是非は相対的です。ひとつひとつの政策について政治の専門家でさえ判断が分かれるのに、宗教団体である「教会」が正しい「判断」を下せるのでしょうか?
安保法制に反対するこの声明は明らかに、一方に偏った政治的判断・立場を支持・主張しています。この連盟では「戦争法案」と呼んで、これに反対する運動を続けてきました。朝日新聞は「戦争法案」「戦争法」という用語を基本的に使いません。日本経済新聞や読売新聞、産経新聞はもちろん使いません。すなわち、これは反体制派・左翼の用語なのです。
■結論
この「声明」は、聖書・キリスト教を語っているように見えますが、実は、特定の政治的主張を正当化するために聖書・キリスト教を利用したものに過ぎません。このような政治的活動がどのようなベクトルであるのか、よくよく注意する必要があります。
この声明は 、昭和憲法を制定させた米国の【A】(自由主義・民主主義)ではなく、旧ソ連共産党(現ロシア政府)、中国共産党、北朝鮮の労働党、韓国政府の【C】(反日主義・社会主義)に同調する立場のものではないか、と疑われます。
アメリカの南部バプテスト教会の宣教団によって生まれた教会グループが、なぜ日米安保体制に反対するのか? これには重大な問題が潜んでいるのかもしれません。
■追記
最近なぜか筆者は、関西の政治家の方々と懇談する機会が続いているのですが、堺市で市議をしていた青年政治家に、この政治力学について話しました。
すると、彼は「日本の政治には、もう一つのベクトルがありますね」と言って、私が隠していたベクトルを見事に指摘しました。それは
【E】西欧型のキリスト教民主主義
です。
Wikipediaは「キリスト教民主主義」のベクトルについて次のように分析しています。
・保守主義とは、結婚や妊娠中絶など伝統的価値観及び法や秩序を重視し、世俗主義や進化論に批判的で、反共のスタンスを取ることが共通点として挙げられる。一方で、社会構造の変動には柔軟に対応し、必ずしも現状維持を志向しない点では保守主義と異なる。
・自由主義とは、人権や個人主義を重視することが共通点として挙げられる。だが、世俗主義に抗し、個人が共同体の一員でありこれに対する義務を強調する点では自由主義と相反する。
・社会主義とは、共同体や社会的連帯、福祉国家を擁護し、市場経済に対する幾許かの規制を支持することが共通点として挙げられる。しかし、上記の概要でも述べた通り、ヨーロッパのキリスト教民主主義政党は軒並み市場経済を支持し、階級闘争への執着が無い点では社会主義と趣を異にする(ただし、解放の神学を奉じるラテンアメリカのキリスト教民主主義政党については、この限りではない)。
世界的には「中道民主インターナショナル」に属する政党がこれに当たります。ドイツで与党となっているドイツキリスト教民主同盟(CDU)がこれの代表格です。
これに該当する政党・政治勢力が日本にあるでしょうか? 日本の伝統と独自性を重視する【J】真正保守(自民党の一部、維新の会)や、米国追従の【A】保守本流・リベラル派(自民党の一部、民進党の一部、自由党)、社会主義を志向する【C】社会民主党、共産党、民進党の一部と区別される、西欧的な成熟社会を志向する【E】中道民主勢力、それは公明党です。実は、公明党は西欧型キリスト教民主主義をモデルとしているのです。
日本のクリスチャン政治家も【E】をめざせば良いと思うのですが、なぜか彼らは「右」あるいは「左」に振れています。
そもそも明治維新において、新政府が新国家建設のモデルにしたのは西欧諸国でした。米国は歴史が浅く、共和制国家ですから、米国よりも長い歴史・伝統を持ち、君主制国家が残っている西欧諸国の方が日本に適している、と考えたのでしょう。
戦後日本は米国の影響が圧倒的に強くなりましたが、皇室は英国王室と良い関係を保っています。今日の日本は象徴天皇制を持つ立憲君主国ですから、やはり西欧型キリスト教民主主義の政治勢力が重要であるはずです。
国会で自民党が圧倒的な議席数を持ち、右傾化する状況にありますが、政局のキャスティング・ボードを握っているのは公明党です。その理由は、創価学会の数の力だけでなく、公明党が西欧型キリスト教民主主義を真似た、絶妙なポジションを占めていて、与党の政治的なバランスを健全化していることにあります。創価学会はともかく、公明党は侮れません。
本来は、「民主党」こそ、そのポジションを占めて、自民党と二大政党制を実現するはずでした。それが小選挙区制を導入した目的・目標だったはずです。しかし、民主党改め民進党は、共産党と共闘したために、完全にその期待を裏切り、国民の大多数から見限られたと言って過言ではないでしょう。
それと同様のことをしているキリスト者の方々、とりわけその指導者には、もういい加減に目を覚ましていただきたいものです。
【追記】
2019年8月現在の状況を表現すると、以下のようになるかと思います。
【J】自主憲法制定をめざす真正保守(自民党の一部、維新の会)
【A】米国追従の保守本流・リベラル派(自民党の一部、国民民主党の一部、自由党)
【E】西欧的な成熟社会を志向する中道民主勢力(公明党、国民民主党の一部、立憲民主党の一部)
竹本信介「戦後日本外務省内の「政治力学」――外交官試験と外務省研修所の考察を手がかりに―」立命館法学 2010年1号(329号)、立命館大学
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/10-1/takemoto.pdf
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