正統と異端
「異端」や「カルト」という言葉は、一般の新聞やテレビのニュース、インターネットなどでも、しばしば見聞きします。クリスチャンなら、教会を探す時に、「異端」とか「カルト」とか言われるところは避けようとするでしょう。
しかし、「異端」「カルト」とは何であるのか。それは、どのように見分けたら良いのか。案外あいまいな理解にとどまっている人が多いのではないでしょうか。
以下、キリスト教の異端について簡単にまとめてみます。
1.異端とは
★「異端」とは教理に逸脱・誤謬がある集団です。
★「カルト」とは反社会的な行為をする集団です。
このふたつは重ならない場合もありますが、異端とされる集団はカルト化しやすい傾向があります。
2.正統と異端を分ける基準
キリスト教は、旧約聖書と新約聖書を神の啓示の言葉と信じて、絶対的な真理の基準とします。しかし、同じ聖書を用いていても、読み手が持っている世界観や解釈法によって、複数の異なる教理体系(祈祷文や信仰告白文など)が生まれます。
そこで、古代の教会は「公会議」を開いて、様々な教理について議論して、その成果を「信条」という形で表しました。
西方教会(ローマ・カトリック教会とプロテスタント教会)では、正統と異端を分ける教理の基準として、次の古代信条を用います。
使徒信条
原二ケア信条
ニケア・コンスタンチノポリス信条
カルケドン信条
アタナシオス信条
ただし、それらのどれを採用するかは、教派によって異なります。
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3.正統と異端の違い
正統と異端の区別で特に問題となるのは、
①第一に、三位一体論、特にイエス・キリストの神性です。三位一体については、アタナシオス信条で示された、「位格(ペルソナ)を混同することなく、本質を分離することなく」という原則が重要です。
②次に、イエスの完全な神性ゆえに確実とされる、キリストによる贖罪の完全性です。すなわち、「キリストのみ」「恵みのみ」「信仰のみ」による救いです。
異端はーー救われるためには、自分でも罪の償いが必要だ、善い行いが必要だーーと教えます。ローマ・カトリック教会もそうですが。
③教理に狂いが生じるのは、その基準=「正典」(カノン)とされる「聖書」が違う場合と、聖書よりも人間の教えを重視したり絶対化したりする場合とがあります。
4.異端の諸相
統一協会(最近、名称を変えました)は「原理講論」、モルモン教は「モルモン経」を聖典としており、その内容・教えは聖書と全く違います。
イムマヌエル・スウェデンボルグやルドルフ・シュタイナーなど神秘主義では、彼らの神秘体験や霊的世界観によって聖書を曲解しています。
エホバの証人(ものみの塔)は、改ざんした『新世界訳』という「聖書」を用いており、独特の教本を徹底して教えています。
5.アタナシオスの勝利
古代教会のアリウス派のキリスト論は、今日で言えばエホバの証人に近いものでした。古代教会では、アリウス派が多数派を占めた時期もあります。
アタナシオスがこれに対抗して、何度も追放されながらも、最終的に逆転勝利したので、基本信条がキリスト教の正統となったーーそれが実情です。
いつの時代も、悪魔は「光の天使に偽装して」、人々を惑わしています。
アレクサンドリアの大主教アタナシオス(298年 - 373年)
正統的キリスト教とは何か -アリウス主義とニケア正統主義の闘い- - カナイノゾム研究室
6.ポスト・モダン時代の異端興隆
現代のようにポスト・モダンの時代では、テクストの絶対性や解釈の唯一性が否定されますので、「正統」というものが極めて相対化されます。
すなわち、ポスト・クリスチャニティーの時代ですから、「異端」がどんどん生まれるのは必然とも言えるでしょう。それだけになおさら、正統的なキリスト教会・キリスト者が「本物」を伝え、提示することが重要でしょう。
実際には、教える立場の牧師や信徒リーダーがそもそも、「正統的キリスト教」を十分に理解しているのか、説明できるのか、という問題があります。ヤバイ話ですが、あまり理解していない牧師や信徒リーダーが少なからずいるのかもしれません(汗)
近年、日本で盛んに活動している異端集団には、韓国から流入したものが多く見られます。これについては、次のサイトをご参照ください。
日本イエス・キリスト教団 宣教局 異端カルト研究室
異端カルト研究室 | 異端・カルトについて研究し啓蒙活動の一端として情報を発信します。