イエス・キリストがお生まれになった場所は「馬小屋」だという思い込みが、歴史的に長く、広く流布してきました。しかし、聖書に書かれているのは、赤子のイエス様が「飼い葉桶」に寝かせられたということだけです(ルカ2:7)。
「宿屋には彼らの泊まる場所が無かったから」(ルカ2:7)という話もよく知られていて、聖誕劇ではヨセフとマリアの宿泊を断る宿屋の主人が登場します。しかし、紀元前後のベツレヘムは人口数百人の寒村でしたから、専業の宿屋は無かったでしょう。あったのは、民宿か民泊です。「宿屋」と訳された語は「客間」とも訳されます。後者の方が適切な訳語でしょう。
当時のユダヤの農家では、家畜は人と同じ家屋にいて、暖房の役割を担わされていました。その「家畜部屋」は、私たちがイメージする「馬小屋」とは違うようです。
マタイによる福音書には、「飼い葉桶」(ルカ2:7)のように家畜部屋(小屋)を思わせる語句はありません。「博士たち」(マゴス:占星術の学者たち)はベツレヘムのどこかの家に、キリストを訪ねていったものと思われます。その時期については、ご誕生の数日後から2年後までの幅が有り得ます。
博士たちが「東方でその方の星を観た」(マタイ2:2)のは、ご生誕の数年前あるいは数か月前だったのか。それとも、ご生誕の当日あるいはその前後か。
これは該当するかわかりませんが、ヨハネス・ケプラーによると、前7年の5月29日と 10月3日と12月4日に、魚座の中で木星と土星が3回大接近しており、これは非常に珍しい現象だそうです。
博士たちはキリストの星を観た後、贈り物を用意し、旅支度を整えた上で「東方」から1000キロ以上、砂漠・荒野を越えてユダヤまで旅をしました。それにかかった日数を計算に入れる必要があります。それは数か月間ではないでしょうか。
ヘロデ王は、博士たちが期待を裏切り、自分にキリストの情報を知らせないまま帰国したことに、気づきました。
「ヘロデは、博士たちに確かめておいた時期に基いて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた2歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」(2:17)
とマタイは記します。ヘロデが念を入れて長めに「2歳」とした可能性はあります。これに該当する男児を特定するには、少なくとも数週間を要したでしょう。
ヨセフスによれば、ヘロデ王が死んだのは紀元前4年の3月12日(日食)から4月11日(過ぎ越し祭)までの間でした。天使からヘロデ王の死を知らされたので、ヨセフとマリアはイエス様を連れてエジプトからユダヤに戻りました(2:19-21)。
【参照】ヨセフス『ユダヤ古代誌』17:6:4, 17:8:1, 17:9:3, 『ユダヤ戦記』1:33:8, 2:1:3
《時系列》
東方で博士たちがキリストの星を観測した。
イエス・キリストがお生まれになった。
博士たちはキリストへの献げ物を集め、旅支度をした。
博士たちは、バビロニアあるいはペルシアからユダヤまで、1000キロ以上の旅をした。
博士たちはベツレヘムに行き、キリストを礼拝した。
博士たちは、エルサレムに寄らずに、帰国した。
ヨセフとマリアは天使の警告に従い、イエスを連れてエジプトへ避難した。
博士たちがエルサレムの王宮に寄らずに帰国したことを、ヘロデ王が悟った。
ヘロデは、博士たちに確かめておいた時期に基いて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた2歳以下の男の子について、家来たちに調査をさせた。
その調査に基いてリストアップされた男児が殺された。
ヘロデ王が死んだ(紀元前4年の3月12日から4月11日までの間)。
ヘロデ王の死を天使が知らせてくれたので、ヨセフとマリアはイエスを連れてイスラエルの地に戻った。
ヘロデ王の息子アケラオがユダヤを治めていると聞いたため、ヨセフとマリアはイエスを連れてガリラヤ地方のナザレに行き、そこで暮らした。
以上の情報を総合すると、イエス様のご生誕は紀元前6年頃だと思います。それがどの季節でどの月であったか、は不明です。
なお、ルカによる福音書は、イエス・キリストがお生まれになった時の状況について、次のように伝えています。
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(新共同聖書 ルカによる福音書2:1-7)
「アウグストゥス」(Augustus)は、前27年に共和制ローマの元老院がカエサルの養子オクタウィアヌス(Octavianus 紀元前63年9月23日〜紀元後14年8月19日)に与えた称号であり、ラテン語で「尊厳者」を意味します。初代皇帝アウグストゥスの在位は紀元前27年から紀元14年まででした。オクタウィアヌスは亡父カエサルの遺志を継いで、地中海世界を統一し、帝政を確立して、パクス・ロマーナ(ローマの平和)を実現しました。
「キリニウス」(Kurenios)は前12年にローマでコンスル(執政官)に選ばれ、それから後2年まで、キリキアの山岳民族ホモナンデスと戦い、これを征服しました。キリニウスは小アジアとシリアの軍事的な指導者であり、前3年から前2年までと後6年から9年までの2回シリア総督を務め、その後、公職を退いてローマに戻り、21年に死去しています。主イエスが降誕された前7年〜前5年頃のシリア総督はサツルニウス(前9/8〜前6年)とヴァルス(前6〜前4年在位)でした。ルカが福音書で述べているのは、東方に広く影響力を持っていたキリニウスが、シリア州の最初の住民登録に関与しており、それを完成させたことを示すのでしょう。
12月25日の生誕祭は、遅くとも345年には西方教会で始まった。ミトラ教の冬至の祭を転用したものではないかと言われている。
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