カナイノゾム研究室

聖書のメッセージや社会評論などを書いています。

戦後政治史を読み解く

1990年代に米ソ対立の東西冷戦構造が崩壊してから、日本の政党・政治家はアイデンティティーが曖昧になって、離合集散を繰り返し、フラフラと迷走を続けました。その代表格が民主党のオーナー鳩山由紀夫元首相(在任期間2009年9月16日~2010年6月8日)です。これには、戦後政治史の複雑な事情が、背景にあります。

彼の祖父・鳩山一郎は大正時代から代議士を務めた政党政治家です。終戦後、鳩山一郎日本自由党を結成して、初代総裁になりました。
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鳩山一郎 - Wikipedia

1946年4月の総選挙で自由党が大勝したものの、鳩山は戦時中「軍国主義に協力した」ということで、公職追放の処分を受けました。そのため、吉田茂自由党総裁となり、内閣を組閣しました。
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吉田茂 - Wikipedia

吉田茂は最も親米的な政治家でした。吉田学校から池田勇人佐藤栄作田中角栄大平正芳鈴木善幸と首相が続々と出て、保守本流を形成しました。その政治理念は「親米」「護憲」「軽装備」「大きな政府」です。
吉田学校 - Wikipedia

鳩山一郎A級戦犯被疑者とされた岸信介は、米国のエージェントとなることで、政界復帰を果たした、と言われます。公職追放令が解除されたのは、1951年6月です。なお、鳩山家には、終戦後の混乱期に莫大な財産が預けられた、と言われています。
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岸信介 - Wikipedia

新装・改訂版 謀略の昭和裏面史 (宝島SUGOI文庫)

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吉田に自由党の主導権を奪われたため、鳩山は離党して、1954年に岸信介三木武吉河野一郎らと共に民主党を結成、党総裁、内閣総理大臣になりました。

1955年、左右の社会党が合同したことに危機感を抱いた自由党民主党は、保守合同に動き、自由民主党(略称・自民党)を結成しました。この「55年体制」が、1993年の「非自民非共産連立政権」(社会・新生・公明・日本新・民社・さきがけ・社民連民改連)樹立まで、長年にわたって続きました。
自由民主党 (日本) - Wikipedia

1955年の保守合同によって、鳩山一郎は、自民党の筆頭総裁代行委員となり、再び首相となりました。自民党は「憲法改正」を党是として掲げました。吉田内閣はアメリカ中心の外交を進めましたが、鳩山内閣はそれを改めて、日ソ国交回復を成し遂げました。

以後、長く続いた「55年体制」は、複雑な構造になっていました。保守派=体制派と単純に言えないのです。「憲法改正」を党是とする自民党は、現行の憲法を否定的に見ているのですから、ある意味では「保守派」というよりも「革新派」です。進歩主義=左巻きではなくて、復古主義=右巻きですけれど。自由民主党は、その否定すべき憲法に従って政権を造り、政治・行政・外交を行ってきたわけです。そのねじれが生じたのは、昭和憲法が、敗戦後の占領下で米国=GHQの意向に従って作られたからです。

吉田派は米国に従順な保守本流(リベラル派)となりましたが、鳩山一郎岸信介河野一郎旧民主党の流れをくむ派閥は、自民党では長らく保守傍流真正保守)と位置付けられていました。その理念は「自主独立」「憲法改正」「再軍備」「反共主義」です。
自由民主党の派閥 - Wikipedia

岸信介自民党総裁内閣総理大臣となって1960年の安保改定を断行しました。
diamond.jp

一方、「革新」勢力である左翼政党の社会党共産党が「護憲」勢力に変わりました。すごいねじれです。公明党民社党は左右の間に位置しました。

さて、鳩山一郎の孫=鳩山由紀夫は、1993年に自民党を離党して、武村正義らと共に新党さきがけを結成。非自民非共産連立政権細川護熙内閣の樹立に尽力して、内閣官房副長官を務めました。そして、1996年に鳩山由紀夫菅直人らと共に民主党を結成しました。
民主党 (日本 1998-2016) - Wikipedia

2009年に民主党が政権を取ると、鳩山由紀夫は首相に就任してすぐに、米国から日本に送られる年次改革要望書を廃止しました。そして、日本はアメリカ依存から脱却して、対等な日米関係を築くーーと公言し、親中路線を打ち出して、ホワイトハウスを激怒させました。沖縄の普天間基地移設=辺野古基地建設問題をこじらせた最大の責任者は鳩山由紀夫です。

鳩山の退陣後、首相は菅直人野田佳彦と次々に変わりました。寄せ集め集団のもろさが表れて、民主党は迷走し、毎年首相が変わって、日本は外交・国防の危機に陥りました。

2012年12月、野田首相(当時)による衆議院解散・総選挙で大勝した自民党は、公明党を伴って与党に復帰。岸信介元首相の孫・安倍晋三が再び総理大臣となりました。

結局、日本が米軍に護られているということは、米国に従属しているということであり、ホワイトハウスの意向には逆らえません。この重要なポイントを鳩山由紀夫元首相は理解せず、安倍晋三首相は理解しているのでしょう。

冷戦終結後、米国は2001年9月11日の同時多発テロ事件をきっかけに、アフガニスタン紛争、イラク戦争へと突き進み、散々に疲弊しました。その間に、中国は「世界の工場」として驚異的な経済成長と軍備拡張に成功しました。この二つの超大国に挟まれた状況で今、難しい舵取りが安倍総理に託されています。戦後70年首相談話で、安倍総理は、自民党立党の理念をベースとしつつ、戦後70年間の政治・外交を受け継いで、積極的平和主義を進めていく方針を示しました。安倍総理は就任以来、誰よりも熱心に諸外国を訪問して、積極的な外交を進めています。こうした事実も、認められるべきでしょう。

しかし、安倍政権になってから、真正保守のホンネが「自民党憲法改正草案」となって露出してきました。この復古主義的・国家主義的な改憲は、我々キリスト者が受け入れられるものではありません。

私はやはり、リベラル派や中道勢力、穏健な保守派が重要だと思います。日本の自主独立をめざすことは重要ですが、東アジアの平和安定のためには、日本と米国のパートナーシップがまだ長期にわたって必要です。

日本の政治的状況や政治史を考えると、日本には米国のような二大政党体制は馴染まないように思います。大別しても、保守派、中道リベラル派、革新派に分かれるでしょう。もう少し正確に言えば、共産主義社会民主主義新自由主義保守主義復古主義等、重要な違いがあります。

ですから衆議院は、民意が正確に反映できない小選挙区制を止めて、一選挙区3人の中選挙区制に変えたら良いと思います。三大勢力にきれいに政界再編するのは難しいでしょうけれど、四つ五つくらいじゃないと、国民にはどの政党が何であるのか、わかりません。

現在の野党には、共産主義社会民主主義新自由主義保守主義等が混在しています。それを整理して、中道リベラル派を結集すべきでしょう。そうしないと、自民党共産党勢力を拡大して、おかしなことになるかもしれません。

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