■ジョルジョーネ「東方三博士の礼拝」 1507年
1.東方の博士たちって何者?
新約聖書「マタイによる福音書」の2章に不思議な人物が登場します。2:1~2、11節を引用します。
◆新改訳(1970年)
1 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」11 そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
12 それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。◆新共同訳(1987年)
1 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、
2 言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
12 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。
この東方から来た博士たちも、クリスマス・ページェント(生誕劇)に登場する花形スターですね。<博士たち>は新共同訳では<占星術の学者たち>と訳されています。原語(ギリシア語)は「マゴス magos」の複数形「マゴイ magoi」です。「マゴス」は英語では「マギ magi」となり、「マジック magic」や「マジシャン magician」の語源にもなっています。元来これはゾロアスター教の祭司を指す語です。東方の博士たちは、天体を観測する天文学者=占星術師であり、乳香や没薬を扱う薬学者だったのでしょう。彼らは旧約聖書を部分的にでも持っていたはずです。ダニエル書は、東方の賢者たちに知られていたでしょう。異邦人・異教徒がユダヤに生まれたメシアを礼拝したというのが、マタイ福音書の伝える大事なメッセージです。イエスはあらゆる国々の民を治める王となられるからです(マタイ28:18-20)。
■Century Dictionary, Vol. V, Page 3572, Magic to Magistery
出典:Thayer's Greek Lexicon
μάγος, μαγου, ὁ (Hebrew מַג, plural מָגִים
; a word of Indo-Germanic origin; cf. Gesenius, Thesaurus, ii., p. 786; J. G. Müller in Herzog viii., p. 678; (Vanicek, Fremdwörter, under the word; but the word is now regarded by many as of Babylonian origin; see Schrader, Keilinschriften as above with 2te Aufl., p. 417ff))
; from Sophocles and Herodotus down; the Sept. Daniel 2:2 and several times in Theod. ad Dan. for אַשָׁף; a magus; the name given by the Babylonians (Chaldaeans), Medes, Persians, and others, to the wise men, teachers, priests, physicians, astrologers, seers, interpreters of dreams, augurs, soothsayers, sorcerers etc.; cf. Winers RWB, under the word; J. G. Müller in Herzog, the passage cited, pp. 675-685; Holtzmann in Schenkel iv., p. 84f; (BB. DD., under the word ). In the N. T. the name is given:
1. to the oriental wise men (astrologers) who, having discovered by the rising of a remarkable star (see ἀστήρ, and cf. Edersheim, Jesus the Messiah, i. 209ff) that the Messiah had just been born, came to Jerusalem to worship him: Matthew 2:1, 7, 16.
2. to false prophets and sorcerers: Acts 13:6, 8,cf. 8:9,11.
2.ゾロアスター教とは
前722年を中心としたアッシリア捕囚と前586年を中心としたバビロン捕囚によって、イスラエル民族はアッシリア、アルメニア、バビロニア、メディア、ペルシア、インド、中央アジアへと拡散していきました。アッシリア帝国や新バビロニア帝国は、強制移住と植民、皇帝崇拝によって、イスラエル民族のアイデンティティーを奪い去ろうとしたのです。実際に、アッシリアによって滅ぼされた北王国では、イスラエル民族と入植した異民族の混血が進み、宗教的にもトーラー(モーセ五書)を改竄した「サマリア五書」を用いる異端に堕してしまいました。
ところが、アケメネス朝ペルシア(紀元前550年 - 紀元前330年)を興したキュロス大王は、前539年に新バビロニア帝国を倒し、ユダヤ人をはじめ異民族に対して寛容な政治を行いました。それはダニエル書、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記等に見られるとおりです。ユダヤ人はペルシャ帝国の王から支援を受けて、エルサレムの城壁と市街と神殿を再建することができました。
ただし、バビロンからユダヤに帰還したユダヤ人よりも、バビロンやペルシア帝国の各地に居住したユダヤ人の方が多数でした。すなわち、ユダヤ人の人口は、ディアスポラ(離散民)の方がユダヤ本国よりも多いという状況です。その後、ギリシア人が支配する時代にもローマ人が支配する時代にも、ディアスポラの方が多いという状況になりました。
このアケメネス朝において、王家と国家の中枢を担うペルシア人が信奉していたのが、ゾロアスター教でした。その起源は古く、開祖ゾロアスター(ツァラトゥストラ)の在世は前1600年頃から前1000年頃までのどこかと言われますが、定かではありません。それは実在したか疑わしい人物像です。
ゾロアスター教は、光(善)の象徴としての「火」を礼拝するため、拝火教とも呼ばれます。「この世は、善なる神アフラ・マズダーと悪なる神アンラ・マンユの力が拮抗する、戦いの場だ」というのが、ゾロアスター教の基本的な世界観です。すなわち善悪二元論がその特徴です。

- 作者: 伊藤義教
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/06
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 9回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
これに対して、ユダヤ教やキリスト教の正統においては、悪魔(サタン)は多くの堕天使(悪霊)の軍団を率いる堕天使の長であって、決して神ではありません。唯一の真の神である<主>は全知全能であり、全宇宙を統べ治める主権者です。主に並ぶ者は皆無です。悪魔・悪霊は、主が許容しておられる範囲でしか活動できません。光の勢力と闇の勢力が対立する構図はあるものの、聖書・キリスト教の世界観は基本的に一元論なのです。
3.ユダヤ教における二元論の展開
さて、1947年以降に発見された死海写本によって、死海周辺で活動したエッセネ派、クムラン教団に注目が集まりました。後者が前者の一部だという説と両者は別だという説がありますけれど、両者が無関係とは思えません。死海のほとりにあるクムラン付近で発見されたクムラン写本の研究によると、クムラン共同体の人々は、自分たちを「光の子」と称して、「闇の世」の支配に対立するものと見なしていました。そして、終末時の聖戦で彼らが「闇の世」の支配を打倒する、と信じていたようです。その二元論的な世界観には、ゾロアスター教の影響があると思われます。
旧約外典・偽典等、第二神殿期ユダヤ教の黙示文学には、同様の二元論的な神秘主義思想が見られます。それは、ペルシア帝国時代に受けたゾロアスター教の影響と、ギリシア帝国・ヘレニズム時代に受けたギリシア哲学の影響によるものでしょう。プラトンは後者を代表するものであり、ヘルメス文書やグノーシス主義もこれらと同類です。ユダヤ教の神秘主義はカバラを生み出しました。
4.グノーシス主義とは
マケドニアのアレクサンドロス大王が率いるギリシア帝国の大遠征(紀元前334~323年)以降、ヘレニズム(ギリシア文化の影響)が地中海世界とオリエント世界を染め抜き、ギリシア語を共通語とする巨大な統一的文化圏が生み出されました。インドや中央アジアにまでその影響は広がりました。
ローマ帝国は文化的にはヘレニズムを受け継ぎ、「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)のもと、世界の道はローマに通じるように整備され、東西の諸々の文化が盛んに広がり、影響し合う時代が続きました。この時代に流行したのが、グノーシス主義です。グノーシス主義の世界観は次のようなものです。
人間の霊は、至高神である天の「父」(パテール)から流出した善きものであり、永遠である。造物神(デミウルゴス)が造った物質・肉体は悪である。人間は、その霊に本質があるという「グノーシス」(神秘的な知識)を得て、「自己」が「父」から出たものであることを悟ることによって、肉体という牢獄から解放され、霊の人(プニューマティコイ)となって「父」に帰ることができるーー。
「肉体が死んでも、霊魂は天国に行ける。それが救いだ」。これって現代のキリスト教に似ていませんか?
5.グノーシス主義の影響
グノーシス主義は、キリスト教とは別に、ほぼ同時期に、ユダヤ人共同体の周辺で生まれました。グノーシス主義は、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、仏教など、諸々の宗教と混淆して、それぞれを変質させてしまいます。キリスト教的グノーシス主義は、キリスト教の初代教会にとって、思想的に最大の敵となりました。
キリスト教的グノーシス主義にはいくつかの種類がありますが、基本的には次のような特徴を持っています。
◆人間を救いに至らせるのは、「グノーシス」(神秘的知識)である。
◆至高神が「グノーシス」を与えるために遣わした救済者が、イエス・キリストである。
◆至高神のもとから来たキリストが受肉して、穢れた肉体を持つことは、あり得ない。
◆キリストが、肉体において十字架刑の苦しみを受けることも、死後三日目に復活することも無い。
キリスト教的グノーシス主義では、「イエスの身体は仮の姿であり 、幻のごときものだ」としたり、「人間イエスに一時的にキリストの霊が宿っていたが、イエスが十字架につけられる前に、キリストの霊はイエスから離れた」としたりします。
紀元1世紀末には、グノーシス主義がキリスト教会において重要な問題となっていました。
愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。
(ヨハネの第一の手紙4章1〜3節)
グノーシス主義から発展したマニ教は、グノーシス主義を核として、諸々の宗教を混合させました。キリスト教の最大級の神学者アウグスティヌスが、マニ教からの回心を記した『告白』は有名です。
グノーシス主義は、正統的キリスト教から異端の烙印を押されましたが、キリスト教史においてはカタリ派やボゴミル派にその影響が見られます。
6.魔術・オカルティズム・ニューエイジ
古代から中世にかけて、学問は西方よりも東方で盛んになり、発展しました。東方世界では、祭司階級が中心となって、古代のエジプト、アッシリア、バビロニア、ペルシア、ギリシア、ローマの学問を受け継ぎ、発展させました。
ゾロアスター教やプラトン哲学、ヘルメス文書、新プラトン主義、グノーシス主義、カバラなど古代の神秘主義は混合して西洋精神史の地下水脈となり、生き続けました。それが西洋のスピリチュアリズム(心霊主義)、魔術(magic)、オカルティズム(神秘学)です。その本質は「光の天使を偽装した」悪魔の崇拝です。

- 作者: マンリー・P.ホール,Manly P. Hall,大沼忠弘,山田耕士,吉村正和
- 出版社/メーカー: 人文書院
- 発売日: 2015/01/22
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る
十字軍以降、ヨーロッパ人は東方からその宗教と学問を輸入あるいは逆輸入して、ルネサンス(文芸復興)の華を咲かせました。その結果、東方の数学、天文学(占星術)、錬金術などと結びついて、異端的神秘主義が西方キリスト教世界に流入したのです。
16世紀のヨーロッパ最大の数学者とされるカルダーノは、エジンバラの大司教でしたが、医師であり、占星術師であり、賭博師としても有名だった人です。近代以前にはまだ神学、医学、数学、天文学、占星術、賭博は混然一体としていて、分化していなかったのです。カルダーノの主著が『アルス・マグナ Ars magna』です。
以下、『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』から引用
[生]1501.9.24. パビア [没]1576.9.21. ローマ
イタリアの数学者,医者。 1526年にパドバ大学で医学の学位を取り,43年にはパビアで医学教授の地位を獲得。初めて発疹チフスの症状を医学的に記述するなど,医者としての名声も高かった。数学者としては,当時の第一人者であり,現在『アルス・マグナ』の名で知られる書物を著わし,N.タルタリアの発見した3次方程式の解法およびカルダーノの弟子の L.フェラリが発見した4次方程式の解法を公表した。
現代ではこれらを総称して、ニューエイジと言います。現代のグノーシス主義であるニューエイジは、マニ教のごとく諸々の宗教に入り込んで、それを内奥から蝕んでいきます。外側から見たら綺麗でも、内側は真っ黒でボロボロになっています。日本の新興宗教にはこの類が多いのです。
大川隆法が説く「幸福の科学」は科学ではありません。歴史上の様々な人物を騙る彼の「霊言」は、まさに現代のマニ教です。
最近は、シュタイナー教育や自己改造セミナーなど「宗教ではない」ように見せかけるニューエイジが増えています。
しかし、ルドルフ・シュタイナーのキリスト論はグノーシス主義的な異端思想であり、シュタイナー教育の本質は異端的異教的な霊的修練です。シュタイナー教育を取り入れている教会付属幼稚園があるのは、理解しがたい愚行です。
また、自己改造セミナーのルーツにあるのは、ユングのオカルト心理学やトランスパーソナル心理学等の異端的神秘主義です。
現代のキリスト教は、このようなニューエイジにかなり蝕まれているのではないでしょうか? それでも、あの2000年前のマギたちのように、異教徒や異端者も真の光であるイエス・キリストのもとに立ち帰り、真の礼拝者となる時が来る、と私は信じます。

- 作者: 教皇庁文化評議会/教皇庁諸宗教対話評議会,カトリック中央協議会司教協議会秘書室研究企画
- 出版社/メーカー: カトリック中央協議会
- 発売日: 2007/04/21
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 20回
- この商品を含むブログ (2件) を見る